★猫丸しりいず第290回


◎マーラー:交響曲第4番
ブルーノ・ワルター指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ギューデン(S)
(ANDROMEDA ANDRCD5041)
綾小路きみまろ師匠の大名言に「人間の死亡率は100%」というのがある。
不肖猫丸はこのコトバが非常に好きだ。座右の銘にしたい位である。


このコトバ、中々深い。「永遠の命など無いのだから、授かった命を大切に
して、一生懸命、納得のいく人生を送りなさい」と言われているようだ。
苦労人のきみまろ師匠ならではの含蓄あるコトバと思う。
まあ確かに「永遠の命」なるものを持っていたら、「生きる意味」を見い出す
事は難しいだろう。「人生は有限」だからこそ、そこに様々な文化やドラマが
生み出される事は間違いない。


そこで「マーラーの4番」。


背後に「死の影」が常につきまとうマーラーの作品の中では、この曲は例外的に
「明るさと喜びに満ちた作品」であるという評価が定番のようだ。しかし、私には
全然そうは思えない。それどころか、「4番」はマーラーの作品の中でも最も
油断ならないとさえ感じている。「ニコニコしながら近づいて来たけど、絶対気を
許しちゃダメ!」みたいな。中でも第1楽章の終わり近く、管弦楽が盛大に
盛り上がった頂点で一瞬黒雲がかかるように暗い影が現れる部分。ここが実に
コワイ。天使の仮面の下の悪魔の素顔がもうちょっとで暴かれる・・という趣き。
「5番」冒頭の「葬送行進曲のファンファーレ」そっくりのテーマを吹くトランペットが
印象深い。この部分を過剰なほどにグロテスクに演奏してほしいと個人的には
思っているが、私の乏しい聴体験の中では、まだそういう演奏に遭遇した事は無い。


しかし。この曲で最高に怖いのは最後の第4楽章である。猫丸め、何を抜かして
いるんだ、ここは「天上の生活」が歌われる最も平穏な部分じゃないか、という声が
多数聞こえてきそうである。確かに歌詞を素直に読めば、天上では安息の中で
パンにも酒にも野菜や果実にも全く事欠かず、獣の肉も魚も捕り放題!という趣き。
ウン、これは確かに楽しそうだ。最初の1週間位は。


ただ、ここで問題点急浮上。「天上の生活」である以上、この「楽園」の生活は
選択の余地なく永劫に続くのだろう。もしそうならば、これは本当に「楽園」なのだろうか。
少なくとも私には半年も耐えられそうにない。「いつでも何でも手に入る」という事は、
「手に入れた時の喜び」を失う事であり、そういう状態の生活が永劫に続く・・という
のは、ほとんど拷問に近い気がする。浮世の苦労を凌いでようやく到達した「楽園」が
実は「喜びを失う世界」(しかも足抜け出来ない)だったら・・・。これは怖すぎる。


そこで再びアタマに浮かぶのが、冒頭に掲げたきみまろ師匠の「箴言」である。
「くよくよする事は無いのです。人間の死亡率は100%なのですから」
ヤッパリ、ツライ事も上手くいかない事も色々あるけれど、「人生は有限だからこそ
輝く」のでは無いか。きみまろ師匠、恐れ入りました。


謎に満ちた「4番」。今回ご紹介の盤はワルターとウィーン・フィルによる1955年11月の
ライヴ盤。モノラルだが音質は悪くない。ウィーン・フィルの演奏は決してスマートとか
流麗とは言えず、むしろ「不器用」な感じですらあるが、それがかえって今では
聴けない良い味を出している。同じ日のライヴであるモーツァルトの「38番」も秀逸。
おまけにあのDECCAへのセッション録音があまりにも名高い「大地の歌」の
同じメンバーによる同時期のライヴまで収録されているという盛り沢山でお買い得な
おススメ品である。