★猫丸しりいず第282回



◎ドホナーニ:童謡の主題による変奏曲
クリスティーナ・オルティス(P)
小泉和裕指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
◎ドホナーニ:チェロと管弦楽のためのコンチェルトシュトゥック
ヤーノシュ・シュタルケル(Vc)
ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団
(EMI 2643192 ※2枚組 廃盤)
「ズッコケ」という言葉は今や「昭和時代の古語」になってしまったのだろうか。


「ちり紙」とかと同様に、この言い回しは本当に廃れてしまったように思う。
昭和を代表する児童文学、那須正幹と前川かずおの名コンビによる
「ズッコケ三人組」がまず頭に浮かぶが、ドリフターズ、コント55号、伊東四朗
と小松政夫のギャグ等は、まさに「ズッコケ」花盛りという趣きであった。
今回は「昭和の化石」となりつつある「ズッコケ」を惜しみつつ?、クラシック界
を代表する「ズッコケ系名曲」をご紹介したい。それは「童謡の主題による
変奏曲」。エルネー・ドホナーニ(1877~1960)、そう、名指揮者クリストフ・
フォン・ドホナーニの祖父として知られるハンガリー出身の作曲家の作品である。


同年代のバルトークやコダーイと比べ、彼の作品には「マジャール的」な香りは
稀薄で、むしろドイツ・オーストリア系の後期ロマン派からの影響を強く感ずる。
独奏ピアノと管弦楽のための「童謡の主題による変奏曲」は、恐らく彼の最も
知られた作品で、変奏のテーマとなっている「童謡」とはかの有名な「キラキラ星」。


この曲を初めて聴いた時はぶったまげた。きっと最初に「キラキラ星」のテーマが
呈示されるこじんまりした愛らしい作品だろう・・・と勝手に想像して聴き始めると、
いきなり地響きを立てるような管弦楽の大咆哮。何じゃコリャ、曲を間違えたかと
慌てて確認するも、間違いは無い模様。それにしても「キラキラ星」の主題など
影も形も無いし、一体この先どうなるのか?と思う間も、怪獣のようなオケの
大音響は延々3分以上も続き、和音の一撃で一区切り。と、ここでようやく
独奏ピアノが「キラキラ」の主題を奏でて変奏がスタートする。この部分の落差が
あまりに凄くて、最初に聴いた際はまさに「ズッコケて」しまった。ここのピアノ
の登場の仕方たるや、何だか泥酔したオヤジが大音声で騒いでいるところに
清楚な身なりの娘さんが出てきて、「すみません・・・ ウチの父が大変お騒がせ
しまして・・・」と小声で謝っているような感じで妙に可笑しいのである。


ここからの変奏曲が陳腐な出来であれば、まさに「大山鳴動して鼠一匹」という
諺を地で行く形になってしまうのだが、この変奏曲部分は中々名曲で、音楽運び
といい、管弦楽の扱いといい、ドホナーニという作曲家の才覚と器用さが充分に
味わえる。正直、この部分だけでも充分名作と思えるのに、あの「いきなり泥酔
オヤジ乱入」みたいな大袈裟極まりない序奏を付けて聴き手を戸惑わせ、
ズッコケさせるドホナーニの狙いは何だったのかは未だに謎だ。ただ、序奏と
本編の「ヴィクトリアの滝」級の落差の大きさがこの曲を強烈に印象付けている
のも事実なので、案外そういう効果を期待したのかドホナーニさん。


この作品を録音しているピアニストは、コチシュやシフ等のハンガリー勢や
カッチェンやアール・ワイルド等のアメリカ勢といった作曲者ゆかりの国(ドホナーニ
は第2次大戦中にアメリカに亡命し、ニューヨークで生涯を終えている)の人が
多いが、私のお気に入りはブラジル出身のオルティスが1975年に録音したもの。
バックをまだ30代半ばという若き日の小泉和裕が務めているのもポイントで、
雄弁なオケとリリカルなピアノが上手く噛みあった瑞々しい秀演。
ちなみにキューバのピアニスト、ホルヘ・ルイス・プラッツ(このピアニスト、まさに隠れ名匠と呼ぶに相応しい素晴らしい奏者!)がエンリケ・バティスと
共演した盤も(カップリングされたグリーグの協奏曲共々)名演である。意外だが
この曲と中南米の演奏家は相性が良いようだ。


尚、このオルティス盤には巨匠シュタルケルの弾く「ミニ・チェロ協奏曲」も収録
されており、これも聴きもの。共演指揮者が前回のテーマの名匠ジュスキントで
あるのが嬉しい。


「ズッコケ大怪作」でありながら名曲、という貴重かつ侮れない存在の「童謡の
主題による変奏曲」。マニアな貴殿におススメです。