★猫丸しりいず第281回


◎ホルスト:惑星
ワルター・ジュスキント指揮 セントルイス交響楽団
(米VOX VOXBOX5105)
◎シューマン:交響曲全集
イェジー・セムコフ指揮 セントルイス交響楽団
(DOCUMENTS 231553 ※VOX音源)
これまで色々な指揮者たちをとりあげ、驚く程に多くの反響を頂戴している
「忘れられた名匠救出しりいず」だが、今回は若干切り口を変えて、全米で
ニューヨーク・フィルに次ぐ2番目に古い歴史を誇るセントルイス交響楽団
の指揮者を務めた2人の名匠をご紹介。ワルター・ジュスキント(1913~
1980)とその後任のイェジー・セムコフ(1928~2014)である。


セントルイス響と言えば、何と言っても膨大な録音を出し黄金時代を謳歌
したレナード・スラットキンの時代があまりに有名なのだが、逆にそれ以前の
時代が全然と言って良い程無視されているのが本当に残念である。
1931年に着任して四半世紀以上このオケを鍛えたウラディーミル・
ゴルシュマン(EMIキャピトル等に多くの録音を遺している)の退任後、しばらく
パッとしなかったこのオケに1968年に着任したのが、プラハ生まれの
ジュスキントである。ちなみに彼の名前はSusskindと綴るが、カタカナ表記は
実に混乱していて、「サスキンド」「ススキンド」等々様々であるのだが、私は
彼の事を最初に「ジュスキント」と覚えたので、今更他の表記を用いるつもりは
無い。この人もナチの台頭で祖国を追われた一人。英国に亡命した後は
英国の他、豪州、アメリカ、カナダ等で活躍したが、現状流通している音源の
ほとんどはグレン・グールド、ネルソヴァ、ヌヴー、フェラス等と共演した
協奏曲のもの・・・という不憫な御仁。


私はジュスキントの事をクラシック初心者の中高生の頃から知っていた。
何故かと言うと、ホルストの「惑星」の当時貴重な廉価盤として出回っていた
のが、今回ご紹介のセントルイス響との録音だったのである。ちなみに当時は
この曲の人気が急激に高まった時期であり、他にも廉価盤LPが出ていたが、
バーナード・ハーマン&ロンドン・フィル(DECCA)、アルメイダ&モンテカルロ
国立歌劇場管(コロムビア)、ロッホラン&ハレ管(EMI)等々、マニア狂喜、
B級感爆裂のラインナップであった。そんな強力ライバル(笑)たちに比べ、
ジュスキントの「惑星」はヨーロッパ的で、ダイナミックながらもどこかノーブル。
「鋭角的ド派手演奏」とは言えず、そのへんに物足りなさを感ずる向きも
あるかも知れないが、鮮やかな「火星」や腰の座った「木星」等、今聴いても
中々の秀演と思わせる。ちなみにご紹介のCDはスメタナの「我が祖国」全曲との
2枚組だが、この「我が祖国」も素晴らしい。よくある「熱血」系の猛演ではなく、
これまた実にノーブルで落ち着いた演奏でありながら、ナチの侵略で祖国を
追われたジュスキントのチェコへの「想い」がジワジワと伝わってくる。
ヒューマンな温かさに溢れた名演奏だ。


ジュスキントの後任(1975~1979年)を務めたのが、ポーランド出身の名匠
セムコフ。録音は少なくなく、晩年にブレハッチと共演したショパンのピアノ協奏曲
が突如DGから登場して一部マニアを喜ばせた人であるが、彼の代表作と
呼びたいのが、隠れ名盤として一部で熱狂的な?支持を得ているシューマンの
「交響曲全集」である。シューマンの交響曲が好きな方で、このセムコフ&
セントルイスの録音を聴いた事が無い・・というなら、それは大損と断言したい。
とにかく「普通」の演奏である。それなのに物足りなさが全く無い。
そして何より心地良いのが、前述のジュスキントの「我が祖国」にも通ずる
「ヒューマンな温かさ」。長年に亘りヨーロッパの指揮者たちの薫陶を受けてきた
からか、セントルイス響の響きは非常に落ち着いていて、いわゆる「アメリカ的」
なメタリックな色彩が無いのである。何の予備知識も無しにこのシューマンを
聴いて、「アメリカの地方オケの演奏」と当てられる人はあまりいないだろう。


スラットキンの後を継いだハンス・フォンクによって、セントルイス響のヨーロッパ
的な味わいが復活し、さあこれから新境地・・と思った所でフォンクが難病に
侵され亡くなってしまった事が、返す返すも惜しまれる。地味ながら捨て難い
「セントルイスの名匠たち」を不肖猫丸はこれからも贔屓にいたします。