★猫丸しりいず第277回


◎トッホ:交響曲第3番


ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団
(EMI MATRIX 65868 ※廃盤)
アメリカのオーケストラは面白い。


いわゆる「ビッグファイヴ」の他にも優秀なオケが多々あるが、中でも存在感が
大きいのがピッツバーグ響。ピッツバーグという都市は工業都市というイメージが
強く、有名観光地があるわけでも無く、地味な大都市という印象だが、そこに
世界的レヴェルの楽団が存在するのは不思議にも思える。しかもライナー、
プレヴィン、マゼール、ヤンソンス・・と歴代指揮者も豪華な顔ぶれが並んでいる。


この楽団をまず鍛え上げたライナーと共に、音楽面においても財政面においても
多大な貢献をした名指揮者。それが今回の主役スタインバーグ(1899~1978)。


ケルンで「ヴィルヘルム・シュタインベルク」として生まれたユダヤ系ドイツ人。
この年代のユダヤ系音楽家の多くと同様、ナチの台頭でドイツを追われ、
パレスチナに逃れてイスラエル・フィルの創設指揮者(当時はパレスチナ響)を
務めた後、トスカニーニの招きで渡米しその後アメリカを拠点に活躍という
道筋を辿る。そして1952年ピッツバーグ響に就任し、晩年の1976年に退任する
まで約25年の長きに亘って君臨した。1950~60年代にはキャピトル・レーベルを
中心に大量の録音を遺し、優秀な音質と活力溢れる名演の多いそれらの音源が
このところ再評価されているのは嬉しい。


アメリカのオーケストラの運営は、地域の企業や個人の寄付によって支えられて
いる部分が大きい(それ故、経済危機等で寄付の額が一気に落ち込むと、
フィラデルフィア管のように楽団存続を危うくする財政危機に陥る事にもなる)。
その点においてピッツバーグ響を支えているのは、この都市を拠点とする2つの
財閥、鉄鋼のメロンと食品のハインツである(現在でもそうなのかはわからないが)
。ハインツはトマト・ケチャップ等のブランドとして日本でもお馴染みであろう。
スタインバーグはこの2つの大財閥と非常に良好な関係を保っていたらしい。
彼がピッツバーグの繁華街でハインツの先代の社長(当時/H.J.ハインツ2世)
と偶然会って立ち話をした際、「ハインツさん。どうもウチのオケのホールの音響が
イマイチでね・・」とぼやいたところ、それが発端となり、ハインツ氏の資金で
ダウンタウンの劇場を改修。それが今でもこのオケの本拠として親しまれている
「ハインツ・ホール」なのだそうだ。中々凄い話ではないか。


さて、スタインバーグ&ピッツバーグの幾多の名録音の中で、極めて地味な存在
ながら個人的に「これは外せない」と思うのが、エルンスト・トッホ(1887~1964)の
「交響曲第3番」。このコンビによって初演され、1956年にピューリッツァー賞を
受賞した名作である。日本では一部マニア以外には全然と言って良い程知られて
いないトッホ。オーストリアの生まれだが、ユダヤ系であったためにナチの政権掌握
に伴い米国に亡命。その後はカリフォルニアを拠点に活躍し、純クラシックの作品
の他ハリウッドの映画音楽も手掛けた人。何だか彼の10年後輩のコルンゴルトを
つい連想する経歴の持ち主である。トッホ の音楽に初めて接したのは、大昔に
当「猫丸」の第94回でネタにした珍曲「創世記組曲」(詳しくはコチラを・・・
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/897/)。こんな作曲家がいたのか!
と感銘を受けた私はすぐさま彼の「交響曲全集」を入手。彼の7曲の交響曲は
60歳を過ぎてからの「晩年」に集中して作曲されている。その音楽は「前衛的」な
色彩は無く非常に聴きやすい。コルンゴルトのように気の利いた美しい旋律で
聴き手を酔わす・・という事は全く無いが、ゴージャスで色彩的ながら整理された
スッキリした響き・・・という点には大きな共通点を感じる。言わば「超辛口の
コルンゴルト」という趣きか。コルンゴルトがこれだけ盛大に再評価されている中、
トッホが作品はおろか、名前すら全然知られていないという現状は寂しすぎる。


スタインバーグがこの作品の初演を引き受けた経緯は寡聞にして知らないが、
ナチの台頭によって欧州から追われ、新大陸で活躍という共通した境遇に
スタインバーグが大きな共感や使命感を持って演奏に取り組んだであろう事は
想像出来る。それにしても、もしナチス・ドイツが無かったら、第2次大戦が無かったら
20世紀のクラシック音楽史、演奏史は一体どうなっていたのだろうか?・・・・