★猫丸しりいず第275回

◎モーツァルト:交響曲第31番「パリ」、第33番、第34番
ペーター・マーク指揮 パドヴァ・ヴェネト管弦楽団
(独ARTS 47398-2)

◎メンデルスゾーン:最初のワルプルギスの夜
ペーター・マーク指揮 トリノRAI交響楽団・合唱団 他
(独ARTS 43042-2)
当「猫丸」も足かけ8年目に突入。

連載の中で本当に多くの演奏家たちをとりあげてきたが、改めて実感するのは
「人生いろいろ」。

敵をつくろうが「地位」や「名誉」目指して驀進!という人もいれば、そういう世界
に疲れて独自の道を歩む人もいる。無論これは各人の人生観やキャラクターの
反映であり、どちらが良いとか悪いとか、そういう事柄では無いのだが。
「独自の道系の名匠」としてすぐに頭に浮かぶのは、以前「猫丸」に登場した
アンドレ・ヴァンデルノートと、そして今年(2016年)没後15年となるペーター・
マーク(1919~2001)。マークが逝って15年・・・ もうそんなに経ってしまったのか、
というのが偽らざる実感。

私は彼のステージに1度だけ接した事がある。それは1990年の東京都響の年末の
「第九」公演。いわゆる「年末の第九」は「餅代稼ぎのお仕事消化」的な演奏に
ぶつかるケースも(当時は)少なくなく、私は敬遠気味だったのだが、あのマークが
指揮とあっては興味津々。加えて会場がオープンしたばかりの池袋の東京芸術
劇場という点にも惹かれて、聴きに行った。これが実に名演だった。
「お仕事消化」とは対極と思える、実に丁寧な演奏ぶり。彼はフルトヴェングラーの
推薦で出世街道を歩み出した人だが、どことなくフルヴェンの影響を感じさせる
演奏で、特に第3楽章は素晴らしかった。雄渾でスケールが大きいのにどこかリリカル
という中々聴けない「第九」。マークは名指揮者だと確信させるに充分だった。

都響への度重なる客演等で、このスイスの名匠の生のステージに接する機会の
多かった日本の聴衆は、ある意味かなりラッキーだったと思える。と言うのも、
マークは1970年代以降の活動の場はイタリアや南欧、母国スイス等のローカル・
オケが中心となっていて、華やかな「表舞台」に立つ機会は限られていたからである。

彼はピアノをコルトーに、指揮をアンセルメに師事し、前述のようにフルヴェンの
後押しで表舞台に出たという実に恵まれたキャリアの持ち主で、その才能はすぐに
注目を集め、たちまち売れっ子となる。モノラル期からステレオ初期にかけて
DECCAに録音した名録音は未だに高い人気を保っている。傍目には順風満帆に
思える状況だったが、マークはそうした「商業的な成功と多忙」に疲れ、疑問を感じ、
「純粋に音楽の世界に立ち戻りたい」と瞑想の世界に入る事を決意。初めはギリシャ
の修道院に、そして1962年から2年に亘り、香港の禅寺(どこだろう?)で修業した後、
音楽界に復帰。ウィーンのフォルクスオーパーの指揮者を務めた後は、スイスや
南欧のオケを中心に地味ながら充実した活動を続ける。

マークの「音楽人生後半」の音源はVOXやCARLTONから細々と出ていたが、晩年に
至ってARTSレーベルが彼に着目し、多くの新録音や放送音源を商品化した。
その中で特に存在感を放っているのが、モーツァルトとメンデルスゾーンという彼に
とって最も重要な作曲家2人の作品。モーツァルトの「40&41番」には独特のクセが
あって好みは分かれそうだが、31、33、34番を収めたご紹介の1枚はややB級だが
おおらかなオケの響きが中々心地良い名演奏。トリノのオケと共演した「最初の
ワルプルギスの夜」も、その淀みない流れが爽やかな印象を残す。このカンタータ、
メンデルスゾーンがイタリアで書いた作品らしいが「隠れ名作」と呼べる佳作だ。
他にルガノのスイス・イタリア管を振った「新世界」のDVD(ライヴ)も素晴らしいのだが、
入手困難になって久しく、ご紹介出来ないのが残念。その「新世界」に顕著だったの
だが、マークの演奏は強い筆圧でキッチリ書かれ、雄渾でありながら、爽やかで
息苦しさの無い絵画・・・という趣きのものが多い。自分の聴いた「第九」の実演も
まさにそうだったが、他に中々類を見ないこの名匠ならではの味わいである。

音楽産業全盛時で膨大な量の商業録音の行われた1960~80年代が活動の
中心になったにも関わらず、あえて「商品」をほとんど供給しなかったマーク。
しかし没後15年経っても忘れ去られる事無く、地味ながら熱い支持を保つマーク。
自分に正直に人生を送ったこの名匠。幸せな男なのかもしれない。
またも実感「人生いろいろ」。