★猫丸しりいず第273回


◎アンダーソン:橇すべり、ブルー・タンゴ 他(名曲集)
(国内DENON/VANGUARD COCQ83883)
◎ブロッホ:アヴォダート・ハコデシ(「神聖祭儀」)
(海外EMI 4563192 ※2枚組 廃盤)


モーリス・アブラヴァネル指揮 ユタ交響楽団 
一昔、いや、ふた昔前は特定のオーケストラと何十年という長きに亘って
コンビを組み、まさに「金字塔」と言ってよい業績を上げた指揮者が存在した。
アンセルメ、ムラヴィンスキー、オーマンディ等々・・・。


しかし、彼らの音源が日本で広く親しまれているのに比べ、全く残念な程に
地味な存在に甘んじている名指揮者がいる。2016年一発目の「猫丸」は
その男、モーリス・アブラヴァネル(1903~1993)にご登場頂く。
「歴史的巨匠」というような人では無いかもしれないが、彼とユタ響の名コンビ
は、個人的には決して忘れたくない存在である。


アブラヴァネルは、現ギリシャの有名な港町テッサロニキの生まれで、幼い頃
スイスのローザンヌに移住。何とその時アンセルメが同じ住宅に住んでいて、
少年アブラヴァネルを可愛がり、作曲の手ほどきをしたらしい。
アブラヴァネルは駆け出しの頃はドイツを中心に活動していたが、ユダヤ系で
あったために、ヒトラーが政権を握ると当時「弟子入り」していたクルト・ヴァイル
に従い1933年にパリに亡命。その年にヴァイルの代表作の一つ「七つの大罪」
をパリで初演している(この事に関しては、昔「猫丸」で「七つの大罪」をテーマに
した際に触れた事がある。詳しくはhttp://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/793/)。


その後、彼は豪州を経て1936年にメトロポリタン歌劇場からの招きで渡米。
そこそこの活躍はしていたが、「自分が常勤出来るオーケストラ」を熱望した彼は
1940年に設立されたユタ交響楽団の指揮者に応募。学生オケに毛の生えた程度
だった楽団を根気良く指導し、アメリカ有数のオケにまで育て上げた。


この名コンビと私との出会いは例によって全く偶然であった。アンダーソンの
名曲集のレコードを探していて、たまたま見つけて入手したのが彼らによる演奏
だったのである。当時高校生の私は無論彼らの事など全く知らず、ただ安かった
から購入したにすぎなかった。聴き始めての第一印象は「野暮ったい」。
最初に入っている「橇すべり」からして、スマートとかスタイリッシュとかいう世界
から遠い「田舎臭さ」が漂っている。全部で15曲が収められているが、基本的に
どの曲を聴いてもその印象は変わらなかった。では二流でつまらない演奏なのか
と言うと、これがそうではない。「手作り感炸裂」という感じの、独特の温かみを
持った捨て難い味わいの演奏なのである。アンダーソン名曲集にはその後もっと
洗練された「高性能」な演奏も色々出ているが、私は未だにこの盤の「不器用な
暖かさ」がお気に入りである。


彼らの録音はヴァンガードを中心にVOX等の米国のレーベルに集中している。
それゆえ彼らの音盤が日本でも比較的容易に入手出来るようになるには、CD時代
を待たねばならなかった。ある日、彼らの「マーラー交響曲全集」をCDショップの
店頭で発見した時は、「エッ? アブラヴァネルって、あのアブラヴァネルか?!」
と、まさに度肝を抜かれた。私の中では「アンダーソン名曲集」のコンビという
固定イメージと「マーラー」があまりにも乖離していて、とにかく戸惑ってしまったので
ある。しかし、実は彼らがマーラー演奏史において先駆的な役割を果たした偉大な
存在であるばかりか、チャイコフスキー、シベリウス、ブラームスの交響曲全集から
オネゲルやエドガー・ヴァレーズに至るまでの大量の録音を残している・・という
事実を知るに至って、私は自分の不勉強を恥じた。


それから長年経てたまたま入手した「ブロッホ作品集」の中に彼らの名前を
発見した時は、またも眼球飛び出す位に驚愕した。1977年にキャピトルに録音
されたもので、ブロッホの珍しい作品をこの名コンビで聴けるのは二重の喜び。
よくぞ発掘してくれた!という音源だが、現在は惜しい事に新品での入手は困難な
模様。彼らのキャピトル録音、他にも存在するのだろうか。


このコンビの演奏を色々聴いた印象は、彼らに初めて接したアンダーソンの演奏に
対して抱いたそれとほぼ共通している。マーラーも、いや、ヴァレーズさえも、どこか
野暮ったい。しかし、それが少しもイヤでは無い(宇野功芳さん風/笑)。
指揮者と楽団がお互いを信頼し、「俺たちのやりたい音楽はこれだ!」という確信を
持って演奏している感じがヒシヒシと伝わって来て、あまりにビジネスライクに
なってしまった昨今の音楽シーンからは失われてしまった「ぬくもり」を感じるので
ある。何事にも性急に「結果」が求められる現代では、ローカル・オケを長年手塩に
かけて世界の檜舞台へ・・・などと言うアブラヴァネル&ユタ響のような存在が
今後現れるとは考えづらい。残念ながら聴衆も音楽産業も、そんな余裕は失って
しまった。そんな今だからこそ、彼らの演奏は独特の存在感を放っているのかも
しれない。


これからも「猫丸」は隠れ名匠の救出に励みます!本年もよろしくお願いします。