★猫丸しりいず第271回
◎バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番・2つのヴァイオリンのための協奏曲
ギドン・クレーメル(VN/指揮) ウィーン交響楽団
タチアナ・グリンデンコ(VN)
(国内DENON COCO70963)
以前、当「猫丸」でエストニアの首都タリンの謎の「萌え系スシ・バー」をご紹介した事が
今回はエストニアの隣国ラトヴィアの首都リガの、これまた謎の「任侠系スシ・バー」の
お話から。


小じんまりしたリガの空港。搭乗ゲートを探しながら歩いていると、妙な看板が目に入った。
それはスシ・バーのものだったが、何と「YAKUZA」とあるではないか。しかもご丁寧に
看板の片隅にカタカナで「ヤクザ」と書いてある。あまりのネーミング・センスに思わず
吹き出しそうになってしまった。


↓その時激写
「YAKUZA」という名前であっても、タリンの「SUSHI CAT」と違って、別に店内に高倉健や
鶴田浩二や江波杏子の写真が飾ってあるわけでも、往年の東映や大映のヤクザ映画が
モニターで流れている訳でもない。店自体はごく「普通」のスシ・バーである。
恐らくはこの店の命名をしたラトヴィアの(多分)人にとっては、「ヤクザ」というコトバは
「サムライ」とかと同様の、「何となくニッポン的なカッコイイフレーズ」であったのだろうが、
それがニッポンの旅人を悶絶させる結果になってしまったとは、気付いていないであろう。
ラトヴィアでは目下日本料理が流行っているようなのだが、空港の数少ないレストランの
一つがスシ・バーとは・・・。寿司のグローバル化の勢いは凄いものがある。


閑話休題。


リガという街は、あのワーグナーが1837年から足掛け3年滞在して劇場の指揮者を勤めた
他、名演奏家も多く輩出している。マリス・ヤンソンス、アンドリス・ネルソンス、エリーナ・
ガランチャ、ミッシャ・マイスキー等々・・・。しかし、リガ生まれの音楽家の最大の大物と
言えば、それは疑いなくギドン・クレーメル(1947~)。音楽家の家庭に生まれ、20歳代前半
には「有名コンクール荒し」として名を馳せたこの天才奏者。私がクラシック聴き始めの
中高生の頃は、丁度彼がカラヤンやマゼール等の「西側」の名指揮者との新録音を
発表し、「凄い奴が出て来た」と評判が鰻上りになる時期と重なっている。
彼の名盤は山ほどあって、今回クレーメルの1枚を選定するにあたっても、コリン・デイヴィス
と共演したベルクの協奏曲とか、他にも色々候補が浮上した中、「ヤッパリこれは外せないな」
と思ったのがご紹介のバッハである。


1972年、彼の弱冠25歳での「西側初録音」。しかも「弾き振り」である。そして、何よりポイント
高いのは、旧ソ連を代表する「トンガリ系」名女流ヴァイオリニスト、グリンデンコの共演。
彼女は旧ソ連出身の奏者の中でも、「革新的」な活動が目立つ人で、クレーメルの最初の
奥さんでもある。シュニトケとか、ジャズやラグタイム、「イパネマの娘」までやってしまう才媛
との共演であるから、どんなに「尖鋭」な演奏かと思いきや、これが中々腰の座った「重厚」と
言っても良い表現になっているのが印象的。元々バッハの曲自体「技巧をひけらかす」という
色彩は皆無だが、この曲を西側デビューに選んだ事に、クレーメルの決意と自負をかえって
私は感じてしまう。


加えて、このジャケット写真の2人の「表情」や「雰囲気」の何とも言えない「重たさ」。
クレーメルは、自分を「西側への広告塔であり、国威発揚と外貨獲得のための道具」としか
見なさず、常に監視の檻の中に囲い込もうとしたソ連当局と闘い続け、結果、自由と名声を
獲得した人だが、このバッハを録音した当時の彼らを取り巻く、ソ連当局との軋轢やストレスが
このジャケ写にどんよりと漂っているのも、この1枚を忘れ難いものとしている。
今でも私は彼の事を「旧ソ連出身」というイメージで捉えがちであり、「ラトヴィア出身」という視点で
捉える事はほとんど無い。しかし、旧ソ連が崩壊して真っ先に独立し、今でもロシアの覇権主義
への反発と対抗心が強いラトヴィア出身の彼を、未だに「旧ソ連の人」というくくりで捉える事は
もはや適切では無いのかもしれない。


冒頭のスシ・バーの話題の通り、ラトヴィアを含むバルトの国々は、日本のカルチャーに大きな
関心と親近感を持ってくれているのだが、対して日本の人々はこれらの国々の事をあまりに
知らないように思える。是非これらの国々の激動の歴史と、その生み出した偉大な人々の事に
多くの方に関心を持って頂きたい・・・と私は思う。