★猫丸しりいず第269回
◎ゴトヴァッツ:交響的コロ舞曲、バルカンの歌と踊り
 タイチェヴィチ:7つのバルカン舞曲
モーシェ・アツモン指揮 ハノーヴァー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団
(独CPO 999724-2)


◎レハール:喜歌劇「メリー・ウィドウ」
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 シュワルツコップ(S)他
(海外EMI 67367)
「ユーゴスラビア」という国を知っているか、否か。
これでその人の「世代」が何となくわかる(ような気がする)。


かつては東欧諸国の中で独自の存在感を放っていたこの連邦国家が、チトーという
まさにカリスマ的な指導者の死後に綻びを生じて崩壊し、連邦を形成していた国々
の独立を巡って血みどろの悲惨な戦いがこの地域に溢れた。それから早20年。
まだ紛争、対立の火種は残っているものの、ようやくこの地域も平穏な状態に
落ち着いた感がある。


旧ユーゴスラビアを形成していた国の中で、今日日本人に一番馴染みのあるのは
恐らくクロアチアであろう。美しい旧市街が人気のドブロヴニクをはじめ、観光地と
してもすっかりお馴染みになったし、サッカーの強豪としても親しまれている。
余談だがビールも美味い(笑)。
そしてクラシック音楽ファンには、巨匠ロヴロ・フォン・マタチッチ(1899~1985)の
出身国として知られる。NHK響への度重なる客演で、日本で最も親しまれたマエストロ
であったマタチッチが、そのN響でとりあげた事で私が知ったクロアチアの作曲家が
ヤコブ・ゴトヴァッツ(1895~1982)。マタチッチと同世代のこの作曲家に関する情報は
ご紹介のCPO盤のライナーノーツ位しか無いのだが、それによればアドリア海の
港湾都市で、今日ドブロヴニクと並ぶクロアチアの観光地として人気の高いスプリット
の出身。ウィーンでヨーゼフ・マルクスに師事し、その後はザグレブの歌劇場の指揮者
としても活躍した人との事。「20世紀音楽」としては彼の作品は極めて保守的で、
とても聴きやすい。


「コロ舞曲」はセルビア、クロアチアの代表的な舞曲で、明るくエネルギッシュな輪舞。
ドヴォルザークの「スラヴ舞曲第15番」も「コロ」である。ゴトヴァッツの「コロ舞曲」は
曲頭から沸き立つような勢いと楽しさに溢れ、アンコール・ピースとして重宝されて
いるのもうなづける。「バルカンの歌と踊り」やマルコ・タイチェヴィチ(1900~1984)の
「7つのバルカン舞曲」には、バルカンの国々の作品に良く見られる「東方的」な香りが
漂い、面白く聴ける。このCPO盤、都響や名古屋フィルの指揮者として日本でも
馴染み深いアツモンが指揮しているのも嬉しいポイント。


ユーゴスラビアにゆかりのある名曲と言えば、「メリー・ウィドウ」も外せない。
この曲の中にも「コロ」が出て来るし、作中の架空の国「ポンテペドロ」は明らかに
旧ユーゴの国「モンテネグロ」のパロディである。この曲の名盤をマタチッチが遺した
のには必然を感ずる(1962年録音)。マタチッチと言えば、ミラノ・スカラ座管との
チャイコフスキーの「イタリア奇想曲」や「エフゲニー・オネーギンのポロネーズ」の
ような、驚くほどに豪快で恰幅の良い演奏が印象的であるのだが、そんな彼の
持ち味と「メリー・ウィドウ」は中々相性が良い。
ただ、マタチッチと(社会主義国家としての)ユーゴスラビアという国の関係には
やや「微妙」な部分もあったようだ。彼は第2次大戦の戦中、戦後を通して「反チトー」
の立場を貫いたため、一時は投獄され、危うく死刑になるところだったらしい。


クラシック・ファンの間に大興奮を巻き起こしたあの1984年の最後の来日の翌年、
マタチッチは逝き、そしてそれから10年経たないうちにユーゴスラビアという国は
崩壊・消滅してしまう。それからの戦火と混乱、そして風光明媚な観光地として
多くの人を惹きつけている今日のクロアチアの姿をもし見る事が出来たら、マタチッチは
一体どんな感想を漏らすのだろうか。