★猫丸しりいず第264回


◎ラヴェル:ツィガーヌ
アンネ=ゾフィー・ムター(Vn)
ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(DG 4375442) 
大きな声では言えないが(いや、言ってもよいのだが)「駅乃みちか」が結構好きである。
「みちか」とは一体何者?。


私と同じく東京メトロ(東京地下鉄)を通勤・通学に利用している方には、彼女の事を
ご存じの方もいらっしゃるかも知れない。彼女は東京メトロのポスター等に登場する、
昭和30年代のマンガのようなレトロ(笑)な姿をしたキャラクター。ちなみに設定は
東京メトロのサービスマネージャーで、年齢は「永遠の23歳」らしい。その「ユルすぎ」て
「天然ボケ」っぽいコンセプトがツボにハマってしまい、私は「みちかウォッチャー」と
なっている。


彼女はヴァイオリンを弾くのが趣味らしく、今月(2015年10月)駅に掲示されている
ポスターにはヴァイオリンを弾く姿が描かれているのだが、そのポスターの片隅にこんな
フレーズが・・・。


『最近の悩みはツィゴイネルワイゼンの左手ピッツィカートで心が折れそうになる』。


思わず吹き出しそうになってしまった。駅を行き交う不特定多数の人々の中で、この
みちか嬢の「悩み」を理解出来る人が一体どの位いると言うのか(笑)。東京メトロさん、
やってくれます。それにしても、鉄道員でありながら「左手ピッツィカート」に悩む
駅乃みちか。やはり只の「オオボケ娘」では無い。私は当面みちかの動向から目が
離せそうにない。


さて、みちか嬢を悩ます「左手ピッツィカート」。ヴァイオリンを弾けない私があれこれ
論評出来る立場に無いが、左手で楽器を持ち、右手に弓を持って弾くという演奏方法
を前提とすればピツィカートにわざわざ左手を用いるのは全く合理性が感じられない。
この技法を初めて導入したのはあのパガニーニだそうだが、演奏上の必然性というより
一種の「曲芸」というか、「ホレ!こんな事も出来るんだぜ!」という自分の技巧の
デモンストレーション用として生み出した技・・という印象が私にはある。これは単なる
私の偏見なのかも知れないが、ヴァイオリンを弾く皆様、実際のところどうなんでしょう?


「左手ピッツィカート」が登場する作品は非常に限られているのだが、その貴重な曲の
一つが「ツィガーヌ」。どの作品にもオタク的なこだわりが感じられるラヴェルだが、
この曲の作曲に当たっても彼はパガニーニを徹底的に研究し、各種超絶技巧を
ふんだんに盛り込んだ。例によってバックのオーケストラも実に凝りまくっており、
ヴァイオリニストにはもちろん、オケにとっても中々の難物と言える。


今回ご紹介のムター盤だが、いわゆる「ヴァイオリン名曲集」としてはムターの表現が
全体的に濃すぎて、特にこの「ツィガーヌ」とか「ツィゴイネルワイゼン」とかの「ジプシー
系」の楽曲に関しては、「もっと素材自体の味を生かした薄味でもいいんじゃないの」と
私には感じられる。ただ、ユニークな面白さを
持っているのも事実。また、レヴァイン&ウィーン・フィルという「伴奏」にはもったいない
ギャラの高そうな(笑)コンビの演奏ぶりも中々オモシロイ。特に「ツィガーヌ」に関しては
オーケストラに「慣れてません」という雰囲気が横溢しているのが微笑ましい。
個々の奏者のレヴェルは素晴らしいのだが、音楽運びが何だか固く、ギクシャクしていて
「無理矢理ネクタイしめてます」的な珍妙さが漂うのである。これに対し「凄い」と唸らせる
のがパールマンのバックを務めたマルティノン&パリ管。緻密にかかれた楽曲を奔放に
やってのける。「緻密と奔放」という矛盾した要素を見事なバランスで両立させているのは
アッパレ。バレンボイム時代以降のパリ管からこういう「放し飼い的奔放さ」が消え去って
しまったのは誠に残念。ちなみにこのムター盤、「ツィガーヌ」の後にサラサーテの
「カルメン幻想曲」が入っているのだが、この曲になった途端にウィーン・フィルがまさに
「待ってました!」と言わんばかりの活気と表情に溢れた演奏に変わるのには大爆笑。
さすがオペラが「本業」の集団であります。


ところでみちかさん。お悩みはその後解決しましたか? 次は半年後くらいに是非
バルトークの「ヴァイオリン協奏曲第2番」あたりで悩んで下さい。隠れみちかファンの
一人として期待しております・・・・・