★猫丸しりいず第248回


◎テレマン:2つのヴァイオリンのための「ガリヴァー組曲」


アンドリュー・マンゼ&キャロライン・ボルディング(Vn)
(仏HARMONIA MUNDI/HMU907137 ※廃盤)
「ガリヴァー旅行記」


今の子供たちの間でこの本がどの位ポピュラーなのかは知らないが、少なくとも
昔、私が幼い頃は「子供の本の大定番」であった。
とは言え、当時は「小人国」「巨人国」の物語ばかりがやたらと有名(今でもか?)。
その後中学生の時に「馬の国」の話を読んで、これぞ「ガリヴァーのお話の神髄だな」
などと生意気な感想を持った事も懐かしい。


しかし、これだけお馴染みの本でありながら、私はかつて「ガリヴァー」について、
結構肝心な事を知らなかった。これを書いたジョナサン・スウィフトの事を、私は
英国人と勘違いしていたが、実際は彼はアイルランドの人であった。そして何より、
私はこの「ガリヴァー」がいつごろ書かれたのか、という事さえキチンと知らなかった。
その事に気付かせてくれた音楽作品。それが今回のネタ。テレマン(1681~1767)の
珍曲「ガリヴァー組曲」である。


初めてこの曲の存在を知った時、「テレマンとガリヴァー」という組み合わせは、
私にとってかなり意外であった。私は「ガリヴァー旅行記」を勝手にもっと近代の作品
と思い込んでいたので、テレマンの作品?、ガリヴァーって、そんな「昔」の本だった
のか、と結構驚いたものである。この本が出版されたのは1726年。という事は、
バッハの「マタイ受難曲」とほぼ「同期生」という事になる。1728~9年に出版された曲集
「忠実な楽長」に含まれている作品らしいが、出版後わずか2~3年で「ガリヴァー」が
ネタの作品が生まれてしまった、というのは凄い。この本が如何に大ヒット作だったかが
窺える。


10分程の小品で、聴いた限りでは奇異な印象は全く受けないが、実はこの曲は
音楽史上でも稀有な大怪作。何たって「拍子」が凄い。「小人国」を描いた第2曲は
何と「32分の3拍子」! そして続く「巨人国」を描いた第3曲は驚くなかれ「1分の24拍子」!
ストラヴィンスキーも裸足で逃げ出すようなウルトラ珍拍子を300年も前の作品で
使っていたとは、テレマン先生恐るべし。しかも聴いてるだけでは解らず、楽譜見なけりゃ
気付かない。「解る奴だけ解りゃいいんだよ」みたいな感じがシブいじゃありませんか。


テレマンという人は、間違いなく「大物」の一人であるのに、その「人」や「作品」について
語られる事の妙に少ない、まるで「6番打者」みたいなポジションの不憫なヒトである。
その90年近い長寿の人生の中で膨大(4,000曲以上という説もある程)な作品を遺し、
「最も多作な作曲家」としてギネスブックにも認定されているらしい。まあ、彼の作品には
「強烈なインパクト」は少ない(ように感じられる)ので、「テレマンについて熱く語る人」に
あまりお目にかかれないのは仕方が無いようにも思えるが、その手堅さとユーモア精神は
侮れない。この珍曲のおススメ盤は今回ご紹介のマンゼ&ボルディングによる1枚なのだが、
何と残念ながら現在廃盤との事。演奏も録音も素晴らしいのだが・・・・。


ところでガリヴァーさんが「黄金の国ジパング」を訪れて?いたという事をご存じだろうか。
私は読んだ事が無いのだが、「空飛ぶ島ラピュータ」編で英国への帰国の途上に
今の神奈川の観音崎に上陸し、江戸で日本の「皇帝」(「ミカド」ではなく「徳川将軍」の事
らしい)に会い、その後「ナンガサク」(長崎)から帰国した・・・のだそうだ。ちなみにこの
「ガリヴァー来日」は1709年という事になっている。赤穂浪士の討ち入りは1702年とほぼ
同時期なので、ガリヴァーさんはそんな時代にジパングの土を踏んでいた?事になるのだ。
この事と関連して、ガリヴァーのモデルはあの三浦按針では・・という凄い説も耳にした
事があるが、さすがにこれは真偽の程は不明である。


ともあれ、親しんでいたつもりだった「ガリヴァー」に関する私の不勉強ぶりを暴露して
くれたテレマンさん。ありがとうございました・・・・・。