★猫丸しりいず第244回


 
◎トゥビン:「クラット」組曲/交響曲第3番 他
ネーメ・ヤルヴィ指揮 バンベルク交響楽団  スウェーデン放送交響楽団 他
(BIS BISCD1402~1404C 5枚組 ※交響曲全集)


エストニアという国は日本でどの位知られているのだろうか?


日本人の旅行先としても昔に比べれば随分ポピュラーになっているし、大相撲の
人気力士(惜しくも引退してしまったが)把瑠都の出身国という事で、それなりに認知度も
上がったような気はする。ただ、1991年の独立から早25年近くが経過し、かつてこの国が
「ソ連の一部」であった事は忘れ去られようとしているように思われてならない。


私がこの国の首都タリンを訪れた時、最も強烈に印象に残ったのは、世界遺産の旧市街
では無かった(いや、旧市街はもちろん素晴らしいけれど)。最も印象的だったポイント。
それはとあるスシ・バーである。寿司という料理がこれだけ世界を席捲している今、
エストニアにスシ・バーがあったって何の不思議も無い。しかし、その店「SUSHI CAT」は
ただのスシ・バーでは無かった。何とそこは「萌え系スシ・バー」だったのである。
店内には明らかに日本のアニメを意識した「萌え系イラスト」が溢れ、店員のお姉さん達は
全員「猫耳」を付けメイド服姿。モニターでは日本のアイドルの歌が流れ(往年の名曲
「コンピューターおばあちゃん」が流れていたのには爆笑しそうになったが)、ソファーはド派手
のショッキング・ピンクという、誠にもってアナーキーで日本人には突っ込みどころ満載の
珍スポット。かなり以前に当「猫丸」で、「ドラえもん」の世界制覇?ぶりの凄まじさをネタに
した事があったが(コチラをどうぞhttp://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/850/)、
日本のアニメ・ヲタク文化がここまで「普通」に浸透しているのには、ある種の「感慨」すら
覚えてしまった。ちなみに肝心のスシは(日本の「寿司」とは違うが)結構イケるし、かなりの
繁盛店であった。タリンを訪れる日本の方には是非怖いもの見たさ?で覗いてほしい
スポットである。


それはともかく、エストニアを代表する作曲家と言えば、今日一般的にはアルヴォ・ペルトなのだろう。
しかし、私にとってそれは断然エドゥアルド・トゥビン(1905~1982)である。。彼は1944年に
エストニアがソ連の侵攻を受けた際、スウェーデンに亡命し、77歳で亡くなるまで
ストックホルムで活動した。彼の作品が正当に評価されるようになったのは、没後に
同郷のネーメ・ヤルヴィがその作品を積極的に演奏、録音してからと言える。私が初めて
接した彼の作品は「交響曲第3番&第8番」。そのインパクトは誠に強烈だった。
「極太の黒マジックで書いたゴシック体の文字」という趣きのその音楽は、言わばシベリウス+
ショスタコーヴィッ チ÷2という味わい。英雄的な「3番」、謎めいた「8番」、いずれも一発で
気に入ってしまい、その後もこの人の作品を色々と聴いてみる事となった。どの曲にも
強靭な「意志」を感じる彼の作品だが、ダイナミックでわかりやすい「クラット(悪鬼)」は
初めてトゥビンの作品に触れる方にまずおススメしたい名曲。続いては「交響曲第3番」か。


亡命後の彼の作品は、全体的に苦悩の色が漂う晦渋な色合いとなっていく。ソ連によって
祖国を奪われた悲嘆が、作品に重くのしかかっているのを感ずる。地図を見て頂ければ
わかるが、スウェーデンとエストニアはバルト海を挟んでまさに「対岸」。ストックホルムから
タリンまでは飛行機ならば1時間で着いてしまう至近距離だ。そんな、手を伸ばせば届きそうな
近さにありながら、遂に祖国に戻る事の叶わなかったトゥビン。その心境を思うと、何とも
やりきれない気持ちに襲われる。


トゥビンの作品の真価を知らしめるに当たり、ネーメ・ヤルヴィとBISレーベルが果たした役割は
まさに偉大である。ご紹介のセットはヤルヴィの一連のトゥビン作品の録音から10曲の交響曲、
「クラット」組曲、「トッカータ」を5枚のCDにまとめたもので、トゥビンの音楽に接するのに最適と
思える名盤。ただ、「コイツの真価を伝えられるのは俺しか居ない!」みたいなヤルヴィの気迫、
使命感のようなものが前面に出過ぎている感は拭えない。この全集の後に、フィンランドの
ALBAレーベルからヴォルメル指揮エストニア国立響という、「地元勢」を起用した録音が登場
したが、そちらはすでに作曲家・作品に対するステータスが確立しているという条件のもとで、
より客観的にハイレヴェルな演奏を目指した・・という趣き。こちらも非常に優れた、甲乙つけ難い
名演だ。まあ、ソ連崩壊の発端となったバルト3国の独立にリアルタイムで接した私には、若干
オーバーヒート気味ではあるが、ヤルヴィ盤の激演がどうしても捨て難くはある。


そして私はつくづく思う。あの「SUSHI CAT」をトゥビンに見せてやりたいと。エストニアの若者達が
極東の異国のポップカルチャーをここまでストレートに受け入れ、笑顔を振りまいている姿を。
国内外の観光客で賑わうタリンの旧市街、小奇麗でスタイリッシュなタリンの空港も是非
見せてやりたい。


エストニアはこんな自由な国になったのですよ。良かったね、トゥビンさん。