★猫丸しりいず第241回


◎グルック:歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」(1762年ウィーン版)
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
マクネアー(S) レイギン(カウンターT)他
(海外DECCA 4783425)
旧約聖書やギリシャ神話は面白い。面白すぎる。

単に「オハナシ」として面白いだけでなく、極めて人間臭く、21世紀に生きる我々が
読んでも大いに共感出来るものが多い事が、親しみを感じさせる。旧約聖書、
ギリシャ神話を素材にしたクラシック音楽作品がゴマンと存在する事も大いに
頷ける。

そこで今回のテーマ「立ち止まるな振り向くな」。

神話、民話、伝承には「禁止モノ」が非常に多い。人間は「禁止」されるとかえって
その対象に興味が湧いてしまう・・という困ったイキモノ。また、その「禁止事項」を
遵守する事が本当に「人として」正しい事なのか・・と苦悩するイキモノでもある。
そして、その「禁止事項」を守れなかったためにその人物に降りかかる運命や
如何に・・・。「夕鶴」「杜子春」等もその手の話だが、「決して後ろを振り返っては
いけない」と言われたのにそれを守れなかったために・・・という有名な話が
2つある。

1つは旧約聖書の「創世記」に出て来る頽廃の都ソドムに住む男ロトと、その妻の
話。ソドムの街の乱倫ぶりに怒った神が、この街を滅ぼす事にするが、その際
ロトを救う代わりに「決して逃げる時に後ろを振り返ってはいけない」と命ずる。
ところが一緒に逃げたロトの妻は、禁を破って後ろを振り返ってしまったため、
塩の柱に変えられてしまった・・という話。妻はソドムに残してきたものに未練が
あったのか・・・。

そしてもう1つが、ご存じ「オルフェウス」。妻エウリディーチェを何とか冥界から
連れ戻したいと思ったオルフェウスが、「冥界から出るまで決して振り向いては
いけない」という禁止事項を最後の最後に破ってしまったため、再び妻を喪って
しまう、というあの話である。私は子供の頃からこの話が非常に好きだ。人間を
人間たらしめている(と思う)「葛藤」というモノを、私はオルフェウスと杜子春から
学んだ気さえするのである。オルフェウスを巡る物語は古今の作曲家たちにも
大きな共感、関心を呼んだと思え「オルフェウスもの」の楽曲は非常に多い。
その中の代表選手は疑いなくグルック(1714~178 7)のオペ ラ。

この曲、オルフェオを歌う歌手がメゾ・ソプラノ、カウンター・テナー、バリトンと
色んなヴァージョンがあってややこしい。元々カストラート(去勢された男性歌手)
が歌う事を前提に書かれたが、後の1774年にパリで上演する時に、フランスでは
カストラートの出演が禁じられていたため、オルフェオ役をテノールに置き換え、
同時に色々手直し(有名な「精霊の踊り」はこの時に追加された楽曲なのだそうだ)
を行なった・・という経緯が、このややこしさの原因になっている。どのヴァージョン
が好きかは意見が分かれるだろうが、レイギンの歌唱が凄いガーディナー盤は
中々おススメ。カール・リヒターが指揮し、フィッシャー=ディースカウがオルフェオ
を歌ったDG盤は、エウリディーチェをヤノヴィッツ、愛の神をモーザーが歌うという
大豪華キャスト。ただ、フィッシャー=ディースカウのオルフェオは面白いが賛否は
分かれそう。「竪琴の音で周りをウットリさせる吟遊詩人」という感じは薄い。

ちなみにグルックは大バッハとハイドンの中間世代で、丁度バロックから古典派
への「橋」の役割を果たした人。「オルフェオとエウリディーチェ」は、バロックの
香りを残しながらも中々劇的な作品で、合唱の扱いも巧みであり、この人が
「オペラの改革者」と呼ばれるワケが良くわかる。そしてこの曲は、日本人による
最初のオペラ上演でとりあげられた作品でもあり、1903年に東京音楽学校で
行なわれた上演でエウリディーチェを歌ったのは、あの伝説の名歌手、三浦環
だったのだそうだ。

それにしても「振り向くな」と言われれば振り向きたくなり、「見るな」と言われれば
覗きたくなる、本当にしょうもない人間というイキモノ。だけど、人間が皆「禁止」を
守れる正しい人ばかりだったら、そこには人間臭いドラマは決して生まれない
だろう。つくづく厄介なイキモノですな、人間って。

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