★猫丸しりいず第236回
 
◎ヒナステラ:バレエ音楽「エスタンシア」「パナンビ」
 
ユージン・グーセンス指揮 ロンドン交響楽団
(国内KING/EVEREST KKC4033 ※ハイブリッドSACD 2015年2月発売)

 「中南米産のクラシック音楽」というと、多くの方は「濃い」「熱血」等々のフレーズを連想するであろう。
確かにメキシコ、ブラジルの作曲家たちの作品にはそういう印象が強い。


そんな中で独特の魅力と存在感を放つ、アルゼンチンの巨匠アルベルト・ヒナステラ(1916~1983)を
今回はご紹介。
彼の作品は確かに「ラテン的」である。しかし、「炎に包まれて突っ走れ!」と言わんばかりのハチャメチャな
「カオス」という感じは無く、その響きは乾いてクールで、一種ヒンヤリとした感触すらある。
その独特の整理整頓された響きは他の中南米の作曲家たちと異なる独自の味わいをもたらしているのだ。
彼は地元ブエノスアイレスの音楽院を卒業後渡米し、コープランドに師事したのだそうだ。確かに
ヒナステラの音楽の「乾いた響き、見通しの良さ」にはコープランドに通じる部分もあるが、彼の育った
「南米のパリ」ブエノスアイレスという街の雰囲気に根差す部分もあるのではないかと想像する。
「世界三大劇場」の一角、「テアトロ・コロン」を擁し、ヨーロッパ文化を「直輸入」して来たこの街は、
南米の中でも際立って洗練された場所だという(地球の裏側という遥か彼方の街ゆえ、残念ながら私は
まだ訪れた事は無いが)。アルゼンチン・タンゴにも通じる、一歩引いた、クールな感触。それがヒナステラの
音楽の大きな魅力だ。ちなみに私が初めて聴いたヒナステラの作品は、N響の定期公演で吉野直子が弾いた
「ハープ協奏曲」。なんと指揮はサヴァリッシュ! ヒナステラ初体験の指揮者がサヴァリッシュ博士とは
今思えば貴重な機会であった。


ヒナステラの作品は、「エスタンシア」を筆頭にこのところ徐々に録音の数が増えつつある。
ただ、皮肉にも中南米の指揮者やオケによる演奏は勢い任せの粗いものが多く、個人的には
「ちょっと違うんでは」と思ってしまう。彼の作品はめったやたらに盛り上げれば良いというものでは無く、
その演奏には「キレ」や「クールさ」が不可欠と思う。1958年というステレオ最初期の録音でありながら、
その鮮烈な演奏と録音で「永遠の名盤」と断言したいのが、今回ご紹介のグーセンス盤。
35ミリ磁気テープを用い、驚異的な音質で古くからファンを興奮させてきたエヴェレスト・レーベルの
代表的な1枚。供給が不安定だったこのレーベルの名盤が、日本のキング・インターナショナルから
SACDとして登場しているが、昨年の第1弾に続き、第2弾として発売されるアイテムの中にこれが含まれて
いる。


晩年にエヴェレスト・レーベルにまとまった量の名演を遺したグーセンス(1893~1962)。作曲家としても
活躍した他、ビーチャム指揮によるヘンデル「メサイア」の爆笑ド派手グーセンス版の生みの親としても
マニアの脳裏に刻まれる名匠である。キレ味抜群、明晰そのものの彼の演奏ぶりは、エヴェレストの
鮮烈な音づくりとベストマッチ! 同時代に同じく鮮烈な名演・名録音を多々遺したマーキュリー・レーベルが
ドラティやスクロヴァチェフスキ、シュタルケル等々、レーベルの音づくりのポリシーにふさわしい名匠たちを
起用して大成功を収めたのと同様、エヴェレスト・レーベルが今日に至るまで根強い人気を保持している
のは、グーセンスの大きな功績である。


ところで、このエヴェレスト・レーベルは私にとっても特別な存在だ。何しろ私が物心ついて初めて聴いた
クラシックのレコードの一つは、このレーベルの名盤、サージェント指揮ロンドン響の「展覧会の絵&
禿山の一夜」だったのだから。ギュスターヴ・クールベの名画「画家のアトリエ」を用いたジャケットと
ともに、その印象はトシをとっても色褪せる事が無い。このキング・インターナショナルのシリーズで
今後どんなラインナップが登場するのか。期待して待ちたい。