★猫丸しりいず第233回
◎バッハ:トッカータとフーガニ短調
◎ドビュッシー:前奏曲集第1集~沈める寺 他(ストコフスキー編)
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
(国内EMI TOCE13368 「ストコフスキー・トランスクリプションズ」)
ストコフスキーは凄い。
前回も述べた通り「名指揮者」と呼ばれる人は無条件に凄い存在と思うが、
それに加えて90歳以上の超高齢になっても「巨匠」の地位に安住せず、
常にチャレンジし、行動し続けた彼は本当に偉大である。彼は94歳の時に
CBSコロンビアと6年間の専属契約を結んで、最後の録音となったビゼーの
交響曲等の名盤を遺した。この契約が満了したら、彼は100歳の現役巨匠
という驚異の存在になっていたわけだが、それが実現しなかったのは残念だ。


そんな凄い人なのに、ちっとも尊敬されない可哀想な男。ストコフスキー。
事実、私の周辺でも彼を崇拝する人や、彼の大ファンという人にはたまにしか
お目にかからない。「孤高の巨匠」的な演奏家を愛し、「クラシック音楽は
至高の芸術」と確信する愛好家の多い日本のクラシック音楽界で、彼の人気が
サッパリ盛り上がらないのは、まあ仕方が無い事かもしれない。


ストコフスキーの「名物」と言えるのが、バッハを筆頭とした「オーケストラ編曲
モノ」。これがまた保守的なクラシック・ファンには「ケバイ」と実に評判が悪い。
実際のところ、彼がチェコ・フィルを振ったバッハ作品集を最初に聴いた時には、
PHASE4の大げさな音響効果も相まって、さすがに私も「イヤ~ ケバイ」と
苦笑してしまった。しかしこのストコ版バッハの代表曲「トッカータとフーガ」を
生演奏で聴いた時(確かデュトワ指揮NHK響だったと思う)、私は驚嘆した。
これは決して「ゲテモノ」などでは無い。真の名作だ、と感嘆した。


何に驚嘆したのかをコトバで表現するのは中々ムズカシイのだが、一言で
言ってしまえば「ストコフスキーは何とオーケストラの能力を知り尽くした男
なのだろうか」という事である。バッハのオルガン曲をオーケストラにやらせて
しまうという試みそのものも含めて、彼にはどうも「荒唐無稽」的なイメージが
染み着いてしまっているのだが、実演で聴いてみるとこれが実に合理的な
アレンジ。聴き終わって思わずウ~ンと唸ってしまった。これは誰にでも出来る
仕事では無い。「ストコフスキーは真の大指揮者だ」と私に確信させる貴重な
体験だった。ちなみにこのバッハの編曲モノは、もともとは「練習用」にアレンジ
されたものだったのだと言う。これを聴いた人が「これを演奏会でやらないのは
もったいない」と実演を勧め、ステージにかけてみたら大評判。レコード録音したら
これまた大ヒット・・・という経緯で世に出たモノなのだそうだ。


ストコ先生の「編曲モノ」は、彼のオーバーアクション気味の演奏と、デフォルメ
された録音のせいでかえって「誤解」されているのかも知れない。そこでおススメ
なのが、ストコゆかりのフィラデルフィア管によって録音されたこのアルバムである。
何と言っても面白いのが、指揮者としてのポジショニングがストコ先生とは対極
とも思えるサヴァリッシュが指揮している点。このアルバム(1995年録音)の
初出時、かなり評価は割れたように記憶している。「演奏があまりに生真面目で
ストコ的な絢爛さが無い」という声も少なくなかった。確かにサヴァリッシュ博士、
普段と変わらぬ真面目一徹の演奏ぶりである。しかしその点を私は逆に買いたい。
前述の私自身の体験同様、「ストコ的臭み」がスッキリ抜けた結果、かえって
「ストコ編曲モノの真の凄さ」がストレートに伝わって来るのである。
一連のバッハも素晴らしいし、「沈める寺」は圧巻と言って良い凄演。
サヴァリッシュさん、N響でもこれらの曲をやってくれれば良かったのに・・ 惜しい。
ともあれ「ストコフスキーは低俗」という偏見を打ち破る力を持った1枚である。


最後にもう一回。ストコフスキーは凄い。