★猫丸しりいず第229回
◎ワーグナー:管弦楽曲集(「リエンツィ」序曲、「タンホイザー」序曲 他)
◎ワーグナー:交響組曲「タンホイザー」(マゼール編)
ロリン・マゼール指揮 フィルハーモニア管弦楽団&ピッツバーグ交響楽団
(国内SONY CLASSICAL SICC1725~6)
2014年も早くも師走の半ばとなってしまった。
齢をとるにつれ、歳月の流れるスピードが加速度的に速くなっているような気がするのは
全くイヤなものである。
それはともかくとして。
今年のクラシック音楽界の出来事の中で非常に印象深かったのは、アバドやマゼールと
いった1930年代生まれの指揮者たちの死である。なかんづく、マゼールの他界は私にとって一種の
「違和感」を残した事件であった。
享年84という事は、一般的な意味でも「天寿を全う」と」言えるレヴェルの大往生とも言えるのでは
あるが・・・。「違和感」の原因は何だったのだろうか。


思うに私がまだ若かった1980~90年頃は、ベーム、ヨッフム、カラヤンといった巨匠たちが
次々と世を去った時代だった。彼らは80過ぎるともう「孤高の巨匠」という風情となり、ステージに
立つだけでニュースとなった。そして、訃報を耳にすると「ああ、残念だけど来るべき時が来て
しまったのか」という感慨に耽ったものだ。ショルティのように最期まで現役バリバリという雰囲気を
放っていた人ですら、その突然の訃報に接した時は矢張り「ああ、その時がこの人にも来てしまった
んだな」という思いが胸にこみ上げてきた。


しかし。マゼールの訃報に接した時には無論「惜別」「喪失感」といった感情は沸き起こったものの、
ベームやヨッフムのそれに接した時のような「感慨」に耽る事は無かった。代わりに、「そうか、享年
84。て事はあの時のベームやヨッフムと大差ないな。ウ~ン、でも何かが違うなあ・・」という一種の
「混乱」というか「違和感」のような不思議な気持ちに捕らわれ、それは未だに払拭出来ないでいる。
マゼール、メータ、アバド、小澤、デュトワ等々の1930年代生まれの指揮者たちは、私がクラシック
初心者だった中高生の頃はまだ40歳代の若さ。その頃の彼らの仕事ぶりは、まさに「次世代を
担う若獅子」という輝きに溢れていた。そして当時はクラシック音楽産業も絶頂期と言ってよい時代で
、毎月のように彼らの新録音盤が発売され、愛好家たちの話題をさらっていた。


だが、その後の彼らは各々それなりのポストを勤め上げ、「出世」はしていったものの、40歳代の頃の
輝きは次第に薄れ、それと同時に音楽産業も衰退の一途を辿ってしまった。そんなこんなで、私は
マゼールやアバドの訃報に接しても、昔の巨匠たちのような「功成り名遂げての大往生」という感慨を
持つ事が出来ず、「何だか良くわからないうちに途中退場」みたいな何とも中途半端な気持ちしか
持てなかったのかも知れない。時代も環境も変わってしまったのか、それとも単に私がトシをとって
感受性が鈍くなったに過ぎないのか・・・。


さて、まさに膨大な録音を遺したマゼールだが、前述のように私見では彼の魅力的な録音は
1950~70年代という若い頃のものに集中していると思う。その中でどれを代表選手とするかは難題
だった。彼自身が自信作と認めたウィーン・フィルとのチャイコフスキー「マンフレッド交響曲」
(1971年・DECCA)や、歴史的名盤と言えるクリーヴランド管との「ポーギーとべス」全曲
(1975年・DECCA)との三つ巴の「決勝戦」の末、よし!これにしようと決めたのが、「ワーグナー管弦楽曲集」。
1978年の録音。標記の2曲の他、「マイスタージンガー」「オランダ人」を収録している。
手兵のクリーヴランドで無く、なぜフィルハーモニアを起用したのかはわからないが、この起用が
大成功。とにかくオケのノリが良く、痛快無比な名演揃い。聴き終わって充分な満腹感を得られる
上に決して胃もたれしないという、この頃のマゼールならではの名盤である。にも関わらず、
ずっと「日陰者」で入手困難の状態が続き、歯痒い思いをしていたが、この10月に目出度く復活
したのは嬉しい限り。しかも、「タンホイザー」のパリ版に基づきマゼールが編曲した「組曲」を
カップリングというお買い得品。爽快なワーグナーを聴きたい貴方におススメである。


結局日本では中途半端な評価しか得られなかったように思えるマゼール。しかし、彼は間違いなく
大指揮者であった。彼の録音をいろいろと改めて聴き直し、増々その感を強くしている。
ありがとうございました。マゼールさん。