★猫丸しりいず第214回

◎ショスタコーヴィッチ:交響曲第15番
クルト・ザンデルリンク指揮 クリーヴランド管弦楽団
(国内ERATO WPCS5539 ※廃盤)
今年上半期の音楽界の最大の話題の一つは、あのザ・ローリング・ストーンズの
来日公演だろう。

私が中学生の頃には既に「巨匠」と言うか「別格」的な風格を漂わせていた彼らが
それから40年近く経った今でも現役で、はるばるこの極東の国までやって来て公演
するというのはそれだけで驚異だ。何しろミック・ジャガーは70歳。ドラマーの
チャーリー・ワッツに至っては御年73歳!!。来日公演のチラシの写真を見たら、
ワッツは何だか「井の頭公園を孫と散歩してる爺さん」みたいな容貌になってい て、
正直「オイ!大丈夫か」と思った程である。

しかし。公演終了後の論評を幾つか読んだが、どれも絶賛であった。そして、評者の
感想に共通していたのが、彼らが「かつての偉大なグループの想い出公演」などでは
無く、「いまだ音楽シーンの最先端を走っているバリバリ現役の爺さんたち」である
事実をステージで証明して見せた事への賛辞・・というか「驚嘆」であった。
私もこの点には驚嘆せざるを得ない。何たって彼らの代表曲「サティスファクション」
はもう50年近い前の1965年生まれ。「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」は1968年、
「ホンキー・トンク・ウィメン」は1969年生まれ。

若い頃私は、いわゆる「クラシック」音楽はその名の通り「古典」であり、ストーン ズの
ようなロックはそれより遥かに後輩のコンテンポラリーな存在・・というように決めつけて
いた。しかし、今日クラシックの名曲として盛んに演奏されている作品の中には、実は
上記のストーンズの名曲や、ビートルズの幾多の名曲たちよりも「後輩」の作品が現れる
という「逆転現象」が現れている。その典型例はショスタコーヴィッチの最後の交響曲
「15番」。

この名作が初演されたのは1972年1月。この曲、実はディープ・パープルの「ハイウェイ・
スター」や「スモーク・オン・ザ・ウォーター」とほぼ同期生。中々笑える組み合わせだ。
とにかく「政治と不可分」という印象の強いショスタコーヴィッチの交響曲群の中で
例外的に「政治の臭い」が感じられないのが「1番」と この「15番」。ニールセンの
「交響曲第6番」と並び立つ、独特の人を喰ったような謎に満ちた名作である。

大きな編成を用いながら、オケが炸裂する場面はほとんど無く、様々な作曲家の引用や
打楽器がチャカポコ鳴りながら遠くに消えていくようなエンディング等々、「何じゃ
コリャ」と叫びたくなるようなポイントに事欠かない。この曲の初演時、私は既に
小学2年だった訳だが、まだクラシック音楽よりは「仮面ライダー」
の方に多大な関心があった当時の私には、この大作曲家の「新作」が発表されるという、
この上なくコーフンをそそられる事柄の当時の反応をナマで感ずる機会が持てなかったのは、
今となっては誠に遺憾(笑)と言わざるを得ない。

私が初めてクラシック音 楽の本格的な聴き手となった1970年代後半は、まだ彼の作品の中で
「普通」にとり上げられるのは、ほぼ「交響曲第5番」のみという状態であり、その当時は
今日のように彼の「交響曲全集」が何種類も登場したり、「第15番」のような後期の作品が
「普通」のコンサート・レパートリーになる・・・などという時代が来るとは想像も
出来なかった。しかし今やこの「15番」は「スタンダードな名作」という称号を与えても
良い程に「出世」してしまったのだが、そうなるまでにはそれなりの時間の経過が必要で
あった。それを思うと尚更、時系列では「15番」よりも先輩のヒット曲を数々残しながら、
今だ最先端として活躍し続けるストーンズの面々の凄さには敬服するしかない。

さて、この 「15番」の名盤として真っ先に頭に浮かぶのは、ご紹介の1991年録音のザンデルリンク盤。
クールで精緻で「顔色一つ変えません」という趣のクリーヴランド管の響きはまさに「15番」に
打ってつけ。それにしても、ザンデルリンクとクリーヴランドという珍しい顔合わせによる
レコーディングがなぜ実現したのか。その経緯は謎だ。
ヨッフム&ボストン響の「未完成」「ジュピター」(DG)と双璧の「謎の顔合わせ名盤」
として君臨するこの盤も、現在は廃盤で入手困難な模様。実に残念だ。

これから25年、いや、50年経っても聴き次がれていきそうな1960~70年のロックの名曲たち。
その頃はもうこれらの曲も一種の「クラシック」音楽という位置づけになっているのか、
興味津々ではあるが 、その結果を我が目で見届けられるか否かは微妙・・・