★猫丸しりいず第204回
◎ヴァイル:小さな三文音楽/クレンペラー:メリー・ワルツ
ストラヴィンスキー:「プルチネルラ」組曲 他
 オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団
(WARNER 4044012 ※4枚組「20世紀音楽&サウンド・バイオグラフィ」)
◎クレンペラー:交響曲第1番、第2番、葬送行進曲 他
 アラン・フランシス指揮 ラインラント・プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団
(独CPO 999987-2)
 
 運の良い男、オットー・クレンペラー。
1885年生まれの彼が、もし70歳で亡くなっていたとしたら、恐らく今日の彼のポジションは例えばロジンスキーのような「マニアからは根強い支持があるが、一般的には陰の薄くなった昔の名指揮者」どまりであっただろう。生涯に亘って病や怪我につきまとわれながら、最後にフィルハーモニア管という超一流の楽団を手兵としてEMIに大量のステレオ録音を遺せた事は、まさに「幸運」としか言いようが無い。フリッツ・レーマンやルドルフ・モラルトのように、クレンペラーよりずっと後輩でありながら、惜しくもモノラル録音期に早世してしまったばかりに今日全く忘れ去られてしまった名指揮者たちの存在を思うと、ますます彼の「幸運度」が際立つ。


彼の晩年のEMI録音の中心レパートリーが、古典派~ロマン派にかけてのドイツ・オーストリア系の重厚長大型の楽曲だったためか、今でもそうした曲目に人気と評価が集中しすぎている気がする。もちろん、それらが個性豊かな名演揃いなのは間違いないが、私が彼の録音の中で見逃してはならない名演と確信しているのは、20世紀音楽だ。彼は若い頃から同時代の音楽を盛んにとりあげており、晩年のEMI録音の中にも彼と同世代の作曲家たちの作品が幾つか含まれている。いわゆる「王道レパートリー」に比べ、どうしても影が薄くなりがちなそれらの音源を集大成した貴重なBOXが今回ご紹介の4枚組(このBOXには。英BBCで放送されたジョン・トランスキー執筆・構成・ナレーションによるクレンペラーの「サウンド・バイオグラフィー」も収録され、クレンペラー自身の肉声も聴ける貴重なドキュメンタリーとなっている)。


ストラヴィンスキー、ヴァイル、ヒンデミットといった、彼と同世代の作曲家の作品が収められているが、そのどれもが最高に面白い。ストラヴィンスキーの「3楽章の交響曲」「プルチネルラ組曲」は、最近の洗練された演奏と異なり、どこか武骨でギクシャクした感触だが、それが一種アルカイックな味わいを醸し出しており、特に「プルチネルラ」は作品の擬古的なスタイルとフィットして独特の名演となっている。そして!中でも、と言うかクレンペラーの遺した膨大な録音の中でトップクラスの名演!と思うのが「小さな三文音楽(「三文オペラ」組曲)」。


クレンペラーという男は、とてつもない奇人にしてエロ爺さんだったらしく、今日的基準から言えば信じられないレヴェルの逸話を多々遺している。そんな彼の「人生観」みたいなものがにじみ出ているのが、この「三文オペラ」組曲。1961年、彼が70歳代半ばになってからの録音だが、その飄々とした「達観」したような味わいが最高だ。「人生なんて思うようにはならないのさ。流れに身を任せながら、それでも一生懸命やるしか無いのさ」という巨匠の声が聞こえてくるようである。フィルハーモニア管の管楽器の名手たちの妙技も聴きものだ。


そして、この時代の巨匠たちの多くがそうであったように、クレンペラーも作曲家としての顔も持っており、このBOXの中にも3曲の自作が収められている。加えて、「珍曲担当名匠」と呼びたいフランシス指揮の盤もCPOから出ている。彼の作曲活動は若い頃と晩年に集中しているのだが、最も有名な「メリー・ワルツ」は古今東西のワルツの中でも最高傑作の一つと思える名作(タイトル通り「陽気な」そして享楽的なワルツではあるのだが、随所でクレンペラーの皮肉な笑いが感じられるのが実に良い)。他、「交響曲第1番」や「葬送行進曲」は、その独特の人を喰ったようなシニカルで頽廃的な雰囲気が最高である。これらの作品のいずれにも「三文オペラ」の演奏同様「変人巨匠」というクレンペラーの持ち味が最高度に発揮されており、誠に味わい深い。

 
クレンペラーが晩年にフィルハーモニア管を振ったベートーヴェン「第9」の映像(確か1964年の収録)を見た事があるが、終演後に聴衆の大喝采に応えて何度もステージに呼び出される彼の姿は中々感動的で、彼が如何に楽員、聴衆の双方から敬愛されていたかがヒシヒシと伝わって来た。ある時は奇行を繰り返す助兵衛おやじでありながら、またある時は尊敬を集める大巨匠。何というギャップであろうか。


もう今後は現われないであろう、こんな奥深い男。
それがクレンペラー。