★猫丸しりいず第201回
◎ショパン:ポロネーズ集(第1番~第7番)
アルトゥール・ルービンシュタイン(P)
(国内RCA BVCC37670 ※1964年録音)
◎ペンデレツキ:ポーランド・レクイエム
クシシトフ・ペンデレツキ指揮 
       ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団 他
(英CHANDOS CHAN9459~60)
今年1月初めの「猫丸」でチャイコフスキーの「交響曲第2番」をとりあげた際、「今年はウクライナにとって大きな転機になるかもしれない」と述べたが、それからわずかの期間で事態がこれ程に急展開するとは、私も予想していなかった。


ウクライナ情勢を報ずる欧米のニュースを見ていて非常に印象的だった事柄がある。それは、クリミア半島を実効支配する動きに出たロシアに対して、真っ先に「許さん!」という姿勢を表明したのが他ならぬポーランドだった、という事だ。ドイツとロシア(ソ連)という強国に挟まれ、繰り返し侵略を受けてきたポーランドという国の抱える「歴史」の重たさを、その時感じずにはいられなかった。

周りを海に囲まれた日本という国に住んでいると中々実感するのは難しいが、今でこそバルト三国やベラルーシ、そしてウクライナが間に挟まっているとは言え、ロシアと地続きである(そしてその地理的な条件から逃れる事の出来ない)ポーランドにとって、「ロシアの脅威」は歴史上の出来事では無く、「今、そこにある危機」なのだろう。ポーランドと同様のタイミングでロシアへの対抗姿勢を明確にしたのがラトヴィアだった事も、それを裏付けているように思う。

そして、その姿勢を真っ先に、明確に示した、というのが実にポーランドらしい。14~17世紀にかけては大王国を築き、繁栄を極めながら、18世紀以降は侵略や国土分割の繰り返しという過酷な歴史。そこから醸成されたものであろうが、とにかくポーランドの人々ほど「不屈」とか「祖国への愛」という言葉がピタリとはまる人達は他に中々思いつかない。そんな「ポーランド魂」を感じさせる名作の一つが、ご存じショパンのポロネーズだ。以前にも白状した通り、私はあまりショパンの曲を聴くのが得意では無い。全くの私の偏見であるのだが、私にとって彼の作品の多くは「シンプルなデザインでも充分映えるのに、やたらフリルとかデカい飾りのついたワンピース」みたいに思えるのだ。そんな中、「過剰な飾りが無い、キリッとしたデザインでもイケるじゃないですか、ショパンさん!」と言いたいのが「ポロネーズ」で、これは私が自発的に聴く数少ないショパンの作品である。

ショパンの肖像画を見ると、どれも何だか弱々しく感じられて「悪者度炸裂」のワーグナーとかに比べると「大丈夫なの、この人」と心配になってしまう(ジョルジュ・サンドは実際かなり手を焼いたらしいが)。でも、直球勝負!という感じの「ポロネーズ」は「何だか頼りなさげ」な彼のイメージを吹ッ飛ばし、「ショパンさん、アンタ、実は漢(おとこ)だねえ」という感慨を私に抱かせる。その決然とした真っ直ぐな音楽からは、彼の「不正を許すな! 理不尽な侵略に立ち向かえ!」という叫びが聞こえてくるようだ。無数に存在する「ポロネーズ」の録音だが、いろいろ聴いても結局「これだな」と思ってしまうのが、ルービンシュタインの豪快な名演奏。

苦難のポーランド史にまつわる作品と言えば、もう一つ外せないのが「ポーランド・レクイエム」。通常のレクイエムの形をとりながら、ナチによるポーランド蹂躙等の激動のポーランド近現代史を織り込んだ、90分以上に及ぶ大作である。このCHANDOSの作曲者自演盤のライナーノーツによれば、1980年に着手され、最終的に全曲が完成したのは13年後の1993年との事。元々は、あのワレサ議長(正しくは「ヴァウェンサ」議長らしいが)率いる自主管理労組「連帯」から委嘱された作品が出発点のようだ。1980年と言えば、「連帯」結成のキッカケとなったグダニスクの造船所でのストライキが起きた年。

この年から数年に亘る「連帯」の闘争は、ちょうど私が高校生の頃に当たり、個人的にはある種の「懐かしさ」を感ずる。ペンデレツキの作品は「ノイジーで聴きづらい」という印象をお持ちの方が多いと思うが、この作品は比較的聴きやすい。ただ、内容は非常に重たく、気楽に聞き流せる類の作品では無いのも確か。しかし、欧州の現代史に関心をお持ちの方には是非とも一度はお聴き頂きたい名作である。

それにしても、この先一体どうなるのか?ウクライナ。しばらくは目を離す事が出来そうにない。