★猫丸しりいず第198回
◎サティ:梨の形をした3つの小品
アルド・チッコリーニ(P)
(海外EMI 6483612 ※5枚組/ピアノ作品集/限定盤)
唐突ではあるが、皆様お馴染みの「菱型(ひしがた◆)」。
なぜこれを「菱型」と言うのだろうか?
『決まってるじゃないか、「菱の形」に似てるからでしょ』と言う声が多数聞こえてきそうだが・・。『その「菱」ってどんな形?』という問いかけをもししたとしたら、「ウ~ン・・ わからん。見た事無い」という方が(多分)大多数だろう。
実は私も「菱」の実物は一度しか見た事が無い。中国・浙江省の紹興(あの「紹興酒」で有名な)から上海へ向かう特急列車(だったと記憶している)に乗った時の事、向かいの席のオバちゃんが持参の袋から何やら忍者の手裏剣(しゅりけん)のような形の奇ッ怪な物体を取り出し、それを歯でカチ割って食べ始めたのである。私が「何じゃコリャ」と目を丸くして見つめているのに気付いたか、そのオバちゃんは私にその物体を「食べてみろ」と差し出してきた。その超固い皮の中には白っぽい実が入っていて、食べてみると栗の実をワイルドにしたような味わいで中々美味い。その時はそれが何者だか調べるすべが無かったが、帰国後いろいろ調べてみるとその奇怪な物体こそが「菱の実」であった。
「菱の実」は中国南部や東アジア(日本も含む)に分布する水草で、薬膳料理の素材にもなっているのだそうだが、あの超固い実の形が「菱型」に似ているかと言われると、若干微妙ではある。実際、「菱型」の語源は「菱の葉」「菱の実」のどちらに起因しているのかは説が分かれているようなのだ。そうすると「菱の形」って結局どんな形? 謎は深まる・・。
またまた唐突ではあるが、続いて「梨の形」である。「梨」と言えば、何と言ってもエリック・サティ(1866~1925)の「梨の形をした3つの小品」。「梨の形」って一体・・・。なぜ「リンゴの形」ではないのか・・。まあ、おフランスであるから、「梨」と言っても断じて松戸名物「ニ十世紀梨」では無く、洋梨であろう。「ふなっしー」では無い事はモチロンだなっしー(と、千葉県民丸出し発言)。大体「3つの小品」なのに7つの部分から出来ているのも奇妙である。
この曲モチロン「梨の形を描写」した作品では無い。サティが、同世代のドビュッシーに「お前、たまには形式にこだわった作品を作ってみろよ」と忠告(と言うか、余計なおせっかいという気もするが)されて、「ホレ!これでどうだ!」と書いた曲なんだとか。ちなみに「梨」というコトバには「間抜け」「阿呆」という隠された意味があるそうで(フランス限定か?)、「あんまり形、形ってウルサイから梨の形で書いたけど何か?」という反骨皮肉おやじのサティならではの作曲経緯と曲名なのであった。
この手のブラックなユーモアは英国人の専売特許と思っていたが、どうもそうでは無いらしい。実際に聴いてみると、実にサティらしい人を喰ったようなシニカルな楽想とサロン風の優美な楽想がグチャグチャに混在し、まさに「サティ的」としか形容しようのない佳作である。サティという人の凄さは作曲家として並外れたセンスと能力を持っていながら、「アウトロー」的な姿勢を決して崩さず、しかも「普通」に楽しめ、同世代や後世の音楽家(いわゆる「クラシック」に留まらない範囲の)に絶大な影響を与える作品を多々遺した点にあると思う。この人がいなかったらその後の音楽史はどうなっていたか・・・と思わせる「キーマン」とも言える作曲家が何人かいるが、サティは間違いなくその一人。
この「梨の形」をはじめ、サティと言えば私にとってはまず高橋アキ。あの印象的な「鯛焼きジャケット」の「夢見る魚」をはじめ、日本におけるサティ受容に絶大な役割を果たしたアキ姐さんのサティ録音が、何と現在ほぼ廃盤らしいのは残念としか言いようがない。そこで「王道」盤のチッコリーニ。この巨匠に関しては何ら説明不要と思うが、私もラヴェル、サンサーンス、セヴラック等々、昔からこの人の録音には大層お世話になっている。このサティも「永遠の定番」と言える名演で万人におススメ出来る。でも忘れがたいアキ姐さんの「梨の形」は是非復活させてほしい・・・