★猫丸しりいず第188回
 
◎サリエリ:序曲集(「エラクリトとデモクリト」「ファルマクサの皇帝」「アルミーダ」他
 
 ミヒャエル・ディートリッヒ指揮 スロヴァキア放送交響楽団
(NAXOS 8554838)
 
 年末と言えば「第9」と「忠臣蔵」。
 
私が子供の頃からヒドイなあと感じ続けているのが、「忠臣蔵」における吉良上野介の扱われ方である。古今東西のオハナシの中でも、これ以上無い位の「わかりやすい」悪役スターであるのだが、何だかとても理不尽な感じが拭えない。
 
結果的に浅野家の「敵(かたき)」となってしまった吉良だが、別に彼は自ら内匠頭に危害を加えたわけでも殺害したわけでも無い。それどころか吉良は内匠頭に一方的に斬りつけられた上に反撃もしていない。内匠頭が吉良の「元祖パワハラ?」に相当にプライドを傷つけられたのは確かだろうが、彼が切腹せざるを得なかったのは「殿中での刃傷沙汰」という大不祥事を起こした結果であり「自業自得」と言わざるを得ないと不肖猫丸は思う。浅野内匠頭と関わりになる事さえ無ければ、多分穏やかな余生を過ごし、名君として讃えられたかも知れない吉良上野介。事実、地元の愛知県吉良町(現在は西尾市の一部)では上野介は名君として親しまれているのだそうだ。全く不運と言うか、理不尽としか言いようが無いと思う。
 
しかし、「忠臣蔵」というオハナシが「悪役スター上野介」がいなければ成立し得ないのもまた事実。でなければ内匠頭はただの「感情をコントロール出来なかったばかりに忠臣たちを路頭に迷わせたバカ殿様」で終わってしまう。それにしても可哀想な吉良上野介・・・。
めげるな! 上野介! 俺はアンタの味方だぜ!!!
 
そして。クラシック音楽界の上野介級大悪役と言えば、これはもうサリエリ大先生(1750~1825)でキマリ。彼もモーツァルトという異常天才と関わる事さえなければ、現在のような「悪名」を轟かす事も無く、当時のウィーン音楽界の重鎮、そしてベートーヴェンやシューベルトの師として、地味ながら安定した名声を保っていただろうに・・・。モーツァルトと対立し、しかもそのモーツァルトが謎の急死を遂げた事から生前から彼を謀殺したのではと根拠のない噂を流され、更に没後も古くはプーシキンの劇(と、それを題材にしたリムスキー=コルサコフのオペラ)、最近では映画「アマデウス」等で「わかりやすい」悪役に仕立て上げられ・・と、この辺の流れは「忠臣蔵」における吉良上野介と瓜二つである。
 
ここまで一方的に悪役にされてしまうと、上野介のケース同様、私としてはどうしてもサリエリに「助太刀」したくなる。大体、ただの凡才であれば、長年に亘り重鎮としてウィーンに君臨する事など出来ない筈。そう思って、彼の遺した数多くのオペラの序曲を聴いてみる。さてその判定は・・・・。
 
彼の作品は様式美に満ち、折り目正しく、耳に非常に心地良い。ただ、それ以上でもそれ以下でも無い、と言うのが正直な印象。口当たりは良いが、あまりに上品で淡泊な味付けの料理という感じで「薬味」が欲しくなってしまうのである。モーツァルトのような破格の天才と比較するのはそもそも無理があると思うが、例えばハイドンのようなユーモア精神や器用さ、ベートーヴェンのようなあくなき開拓精神といった、大作曲家を大作曲家たらしめている「薬味」の部分が彼の作品には欠けている、という事は残念ながら認めざるを得ない。
 
しかし、こんな事はサリエリの時代から200年以上に亘る音楽史の流れを俯瞰し得る21世紀に生きる我々だからこそ言える事であって、突出したインパクトは無くとも安定したレベルを保つ「アベレージヒッター」としてのサリエリの能力は、もっと正当に評価されるべき、と私は考えている。サリエリの作品の録音は最近徐々に増えつつあるが、演奏、選曲共に及第点で価格も手頃であり、サリエリの作品を知るサンプルとして適当と思われるのがご紹介のNAXOS盤。興味のある方はご一聴頂きたい。貴方の判定は如何か??