★猫丸しりいず第186回
 
◎モーツァルト:「魔笛」~夜の女王のアリア
 ドリーブ:「ラクメ」~鐘の歌  リャードフ:音楽玉手箱  他
 
フローレンス・フォスター・ジェンキンス(S) コスメ・マックムーン(P)
 
(海外SONYCLASSICAL 88883766002 『人間の声の栄光????』)
 
一昔前までは、有名人でもない一個人が自らの「文章」や「演奏」を世の中に広める事には非常に高いハードルが存在した。しかし、インターネットの普及は全てを変えた。
 
インターネットという媒体が無かったら、例えば私のようなプロのライターでも評論家の大先生でもない、どこの「猫の骨」かもわからないような男が、こんな形で駄文を世間様に向けて発信するなどという事は簡単には出来ないだろう。同様に、今や巨匠も素人も関係なく「演奏」を全世界に向けて「発表」出来るようになったのは、凄いと言うか、オソロシイ事でもある。
 
そんな手段も無かった70年も前に、ド素人にもかかわらず口コミで大人気を集め、その「迷唱」が半世紀以上経った今でも聴き続けられている・・という「20世紀最高の迷歌手」フローレンス・フォスター・ジェンキンス女史(1868~1944)が今回はご登場。
 
ジェンキンスさんは大富豪の奥様でアマチュアの声楽家だったが、彼女は音程、テンポ、リズムの3拍子揃った「三冠王的大音痴」。能力には欠けていても財力は並外れていたジェンキンス女史。各地で勝手に(笑)リサイタルを開催し、そのズッコケぶりが大評判を呼んでファンクラブが出来る程の人気となり、遂には1944年にはカーネギー・ホールでリサイタルを開いて(しかも満員御礼)、栄光?の頂点で亡くなってしまう・・・という凄すぎるオバチャンである。彼女が遺した「栄光のアルバム」が長年に亘り「ホフナング音楽祭」と双璧のクラシック爆笑盤として君臨している「人間の声の栄光(????)」。ちなみに原タイトルは「The Glory(????) of the Human Voice」で、「?」はキチンとタイトルの一部となっているのである。
 
「夜の女王」「鐘の歌」「こうもりのアデーレのアリア」等、よりによって難曲ばかり並んでいるところに彼女の大いなる「自信」が窺えるが、聴いてみるとまさに抱腹絶倒の惨状(笑)である。「夜の女王」に関しては、少なくともこの曲を歌っているという事は聴けばわかるが、「鐘の歌」は最早原型をとどめない程に崩壊しまくっており、マジメに聴こうと思っても、どうしても吹き出してしまう天下の迷唱となっている。それにしても凄いのが、彼女の専属ピアニストだったというマックムーン氏の名伴奏ぶり。あらゆる面で崩壊しているジェンキンス女史の歌唱にひるむ事無く実に「息の合った」伴奏を付けているのはお見事の一言。ジェンキンスさん、良い伴奏者に恵まれたね。
 
それにしても謎なのは、彼女は自身の歌唱の「実態」をキチンと自覚していたのか?という点。実態を全く自覚していない「裸の王様」ならぬ「裸の女王様」だったのだとしたら、それも凄いとは思う。しかし、仮に彼女が自身の歌唱力の実態を自覚した上で、「確信犯的ジョーク」としてリサイタルをやっていたのだとしたら・・・・。これは凄すぎる。そうだとしたら、彼女は「人生を賭けたジョーク」を貫いた結果カーネギー・ホールまで到達し、没後70年の現在まで朽ちぬ名声?を維持している訳であるから。いずれの説にも証拠は無いので、真相は闇の中ではあるが・・・。
 
この盤を聴くと、笑いながらも「ああ、このオバチャン、本当に歌う事が好きなんだな」という気持ちがジワジワ湧いてきて、何だか微笑ましい気分になってくる。それがこの迷盤が変わらぬ人気を保ち続けている理由の一つではないだろうか。ジェンキンスさん。貴女はヤッパリ偉大です!!!!