★猫丸しりいず第175回
 
◎ロッシーニ:スターバト・マーテル
 
 チョン・ミョンフン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 他
(国内DG UCCG4545)
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オペラ作曲家の作った宗教曲は実に面白い。
 
ヴェルディやグノーの作品に顕著だが、作曲家自身は(多分)一生懸命、厳粛に宗教曲っぽく書こうとしているにもかかわらず、どうしても「職業病」の如く「歌」の要素が濃く出てきてしまって、出来上がったのは妙に「オペラ的」な作品。でもそれだからこそ、聴き手の心を捉え、名作として親しまれている。そんな曲が多い。私がロッシーニの作品の中で最も好きな「スターバト・マーテル」はその手の曲の代表選手。
 
この名作は、ロッシーニが37歳の若さでオペラの筆を折った後の数少ない作品の一つだが、その成立事情は中々複雑怪奇。もともとセビリャの司祭の依頼によって着手されたが、腰痛が悪化したロッシーニは独力で全てを作曲する事が出来ず、他の作曲家との合作として1833年に初演。ところが、この曲の権利を持っていた司祭が死去すると、遺族が勝手に楽譜を出版社に売り飛ばしてしまい、出版社から出版許可の依頼が来る。元々この曲の出版を望んでいなかったロッシーニは「話が違う」と大激怒。
 
そこで彼がとった「対抗処置」は、この曲を「合作」ではなく「ロッシーニ一人の手による作品」に直してしまう事。他の作曲家の曲を外し、新たに4曲を自ら作曲、追加して1842年に初演されたのが現行版である(追加された4曲は現行版の第2、3、4、10曲との事)。まあ、仮にこの「出版騒動」が無かったら、この名作は日の目を見ずにお蔵入りだったかも知れないわけで、世の中何が幸いするか分からない。
 
興味深いのは、後から追加、挿入された4曲がこの名作の中でも飛び切りの名曲揃いという事。中でもテノールによる2曲目は、彼の作品の中でも最高傑作ではないかと思う。
初めて聴いた時は「この悲しくツライ詩にどうしてこんな能天気なメロディーをつけたんじゃ!」とたまげてしまったのではあるが・・・。ロッシーニが37歳の若さで「隠居」した理由に関しては、「ひと財産築いて年金も入るあてがついたので、第2の人生を趣味の料理に充てる事にしたのだ」とか、「いや、あまりにも多忙すぎて精神もカラダもガタガタになってしまったのではないか」とか、色んな事が(好き勝手に?)言われているが、「隠居」してから10年以上経ってからでもこんな名作を生み出しているところを見ると、「才能が枯渇したから引退した」訳では無い様である。
 
私自身はと言えば、若い頃はロッシーニの人生を「理想的な、優雅な人生」と羨ましく感じていたのだが、彼が「隠居」した齢をはるかに超えた今となっては、ちょっと考えが変わって来た。個人差は無論あるだろうが、30歳代後半~50歳代前半位の年代は、「仕事人」が最も脂が乗り、充実した活動が出来る時期ではないだろうか。しかしロッシーニは、まだこんな名曲を生み出せる「余力」を保ちながら、この時期に音楽家として活動する事をほぼ捨ててしまった。彼には彼の事情があり、考えがあっての事だろうから、私のような凡才がアレコレ意見する資格は無いのだが、何ともモッタイナイという気持ちを拭い去る事が出来ないのだ。
 
さて、この名作の録音は無論少なくは無いのだが、「名盤溢れかえる」という程の状況では無い。「総合点」の高さからおススメかなと思うのがチョン盤。チョン・ミョンフンという指揮者は、ちょっとムラッ気で出来不出来の差が大きい・・という印象が個人的には強いのだが、この盤はオケの底力にも助けられ、中々聴きごたえのある秀演である。
 
それにしてもロッシーニの人生の選択はは本当に「優雅」で「理想的」であったのか?
ワインでも傾けながら、ご本人に「ロッシーニさん、貴方、本当にそれで良かったの?」と猫丸直撃インタビューをしたい心境である。

 

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