★猫丸しりいず第170回
 
◎フロトウ:歌劇「マルタ」
 
ロベルト・ヘーガー指揮 バイエルン国立歌劇場管弦楽団  他
(独EMI 4645752 2枚組)
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「替え歌」は実に奥深い。
 
「替え歌」には、例えば嘉門達夫がやったように元々の曲の歌詞をパロディにしたものもあるし、旋律だけを借用して全然別の歌詞を乗っけたものもある。後者の例としてあまりに有名なのが、アメリカの南北戦争の北軍の行軍曲として知られる「リパブリック讃歌」。本国アメリカで「ジョン・ブラウンズ・ベイビー」という替え歌になり、それが日本に輸入?されて「太郎さんの赤ちゃんが風邪ひいた~」という妙ちきりんな歌になったばかりか、同じメロディーで「オタマジャクシは蛙の子~」という歌に化けたり、ヨドバシカメラのCMソングに化けたり・・と、もう訳が分からない。
 
この手の「替え歌」の例はまさに枚挙にいとまが無いのであるが、私の知る限り最もヒドイ(笑)事例を今回はご紹介したい。
 
ドイツの作曲家、フリードリッヒ・フォン・フロトウ(1812~1883)の代表作「マルタ」の中の快活な「農民たちの合唱」。この名曲をもとに日本で生まれた替え歌は・・
 
『爺さん、酒飲んで酔っ払って死んじゃった♪
 婆さん、それ見てビックリして死んじゃった♪』
 
イヤ~、コリャひどいな(爆笑)。爺さん、婆さん、何も死ななくたっていいじゃないですか、こんな事で、とつい言ってしまいそうになる。この替え歌の生みの親は一説によれば「日本の喜劇王」エノケンこと榎本健一との事。
彼が戦前の浅草オペラでこの替え歌を歌い、これが当時の子供たちを中心に大流行したんだそうだ(子供たちが「死んじゃった」系の替え歌が大好きなのは時代を問わないらしい)。この替え歌は黒澤明の映画の中で志村喬が、そして、あの「男はつらいよ」の中で渥美清が歌ったり・・という「実例」が多々ある事から、当時を生きた人々に相当なインパクトを与えた「傑作」であったのだろうと想像出来る。と同時に、この「マルタ」や、スッペ、オッフェンバックと言った、今日ではあまり顧みられる事の無い作品が人気を博していた古き良き時代の雰囲気も伝わってくるようである。
 
この「農民たちの合唱」をご存じの方、試しに「爺さん、酒飲んで・・」と歌ってみて下され。もう、この曲が聴こえると自動的にこの歌詞がアタマに浮かんで困ってしまいますよ。そして「知らないけど興味津々」という貴殿には、スウィトナー指揮の「ドイツ・オペラ合唱曲集(エテルナ音源)」がまずはおススメだけど、どうせなら全曲盤を・・。「夏の名残のバラ(日本では「庭の千草」というタイトルで有名なアイルランド民謡)」とかテノールの名アリア「夢のように」など、他にも名曲を多く含んだ作品ゆえ。
 
新たな全曲盤の登場がほとんど期待出来ないこの手の曲。今回ご紹介のヘーガー盤(1968年録音)がこれからも不動の代表盤と言う事になろう。1960~70年代にかけて独EMI(エレクトローラ)がローテンベルガー、ゲッダ、プライ、ショック、フリック等々の「エレクトローラ一座」とでも呼びたい名歌手たちを揃えて録音した一連のオペラ&オペレッタ録音の中の一組。これらの録音に共通の特色として、録音、演奏共々非常に武骨で野暮ったいのだが、それがかえって現代の「グローバルで地域色が薄い」演奏に無い良い味を出している。
 
「原曲より有名な?歌」を多々生み出した、この「替え歌ワールド」。でも音楽の嗜好が極度に細分化し「誰でも知ってる歌」が無くなりつつある現代では、「替え歌」も絶滅危惧種になる日が近いのかも・・と思うと何だか寂しい。さあ皆様、最後に声を揃えてもう一度、「爺さん、酒飲んで♪」・・・・・