★猫丸しりいず第168回
 
◎マクフィー:タブー・タブハン
 
 ハワード・ハンソン指揮 イーストマン・ロチェスター管弦楽団
 (米MERCURY 434310-2)
 
◎西村朗:ケチャ 
 
 パーカッション・グループ72
 (カメラータ CMCD50008 「彩色打楽~西村朗作品集」)
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西洋の音楽家たちに多大な影響を与えた「非西洋」の音楽と言えば、トルコの軍楽、ジャワやバリのガムラン、インド音楽が3大巨頭だろう。
 
1889年に開催されたパリ万博(あのエッフェル塔が建てられた事で有名な)で上演され、ドビュッシーらに大きな衝撃を与えたのがジャワのガムラン。私自身も、実際に聴いたアジアの音楽の中で、北京の京劇の音楽と双璧と言える感銘を受けたのがガムランである。エキゾティックなだけで無く、その完璧無比なアンサンブル(これは京劇の音楽も同様だが)には唖然とする他無かった。東洋人にすらこれ程のインパクトを与えるガムランが、何の予備知識も無い西洋の音楽家たちに与えた衝撃の大きさは容易に想像出来る。
 
実際、そのドビュッシーをはじめ、ラヴェル、メシアン、ブリテン等々ガムランの影響を受けた作品を多くの作曲家が手掛けている。中には「中国」や「仏教」が「ガムラン」に混入してしまったような作品もあるが、これはまあご愛嬌か?
 
そんな「ガムランもの」の作品の最高傑作でありながら、一部マニアにしか知られていない曲。それが「タブー・タブハン」。カナダの作曲家コリン・マクフィー(1900~1964)の作品。彼が初めてガムランと出会ったのはSPレコードで、その貧しい音質にもかかわらず、マクフィーは一発でその魅力にハマってしまった。その録音を手掛けたのは、「ケチャ」の創始者としてバリ島に詳しい方なら必ずご存じであろうドイツ人芸術家ウォルター・シュピースだったと言う。マクフィーは1931年に実際にバリ島に渡り、何と9年間も滞在して「ガムランの伝道師」的な役割を果たしたと言うのだから、まさに筋金入りである。
 
「タブー・タブハン」は1936年の作品。西洋のオーケストラによるガムランの再現と言うべき曲だが、とにかくガムランの独特な響きや、それが響くジャワやバリの多湿な空気感みたいなものをこれだけ見事にオケで描いたのは素晴らしいの一言に尽きる。そしてこの曲の不滅の名盤がご紹介のハンソン指揮のマーキュリー盤だ。1956年というステレオ最初期の録音でありながら、一聴たちまち「これが60年近く昔の録音か」と驚嘆の声をあげたくなる名演名録音盤である。あまたあるマーキュリーの名盤の中でも、神秘的な美女ジャケといい、セッションズの「黒い仮面の人々」とのカップリングといい、自分には際立って印象的なアイテムなのだが、現在、特にオリジナルのUSプレス盤の単独入手は非常に難しくなってしまっているようなのが残念。
 
そしてもう一点、ガムランと並ぶバリの芸能として名高い「ケチャ」が素材の作品をご紹介。作曲者の西村朗(1953~)に関しては、既に現役の日本の作曲家の中では大御所的な存在なので細かいご紹介は不要と思うが、この「ケチャ」は1979年の作品で、まだ西村さんが20歳代の頃のもの。西村さんの作品には「アジア」の強い影響を感じさせるものが多く、正直なところその特有な「濃さ」が私はちょっと苦手なのだが、この「ケチャ」は非常に好きな作品である。実際の「ケチャ」は楽器を用いず、声だけで演じられるのだが、西村作品は打楽器アンサンブルのためのもの。奏者は「チャッチャッ」というケチャ独特の叫び声も発しなければならないので、中々忙しい。パーカッション・グループ72の面々による演奏は呪術的な「ノリ」も良く、楽しめる。「タブー・タブハン」と同様に、オリジナルの素材を一旦解体、昇華させた上で、基本的に西洋のオケ用の楽器だけで再構成した・・・という趣の傑作だ。
 
もう1ヶ月もたてば本格的な夏の到来。またあの「熱帯夜」に悩まされるかと思うと、ちょっと気が重いのだが、いっその事ムシムシした夜には、今回ご紹介の2曲で「ホンモノの熱帯」の気分を味わってみては如何?。