★猫丸しりいず第167回
 
◎R.シュトラウス:バレエ音楽「お菓子のクリーム」
 
 若杉弘指揮 東京都交響楽団
(国内DENON COCQ84801~4 4枚組 ※「R.シュトラウスバレエ音楽全集」)
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これまでにも当「猫丸しりいず」で何度もネタにして来た通り、多くの作品を遺しながらごく一部(或いは、たった1曲)の作品しか世に知られていない・・という不憫な作曲家は多い。
 
それとは対照的に、その作品の多くがコンスタントに演奏、録音されている「高打率」に恵まれた作曲家もいて、リヒャルト・シュトラウス辺りはその代表的な存在と言える。しかし、そんなシュトラウスにも、ほとんど知られていないマイナー作が存在する。その一つが「お菓子のクリーム」(「泡立ちクリーム」とか「ホイップクリーム」という訳も有り)。
 
この作品は1922年の完成。という事は彼の作品の中では後期のもの。1918年の第1次大戦の終結後、世の中を覆っていた暗いムードの中、「明るい作品で人々を喜ばせ、世の中の雰囲気を変えたい」というシュトラウスの思いがこもった曲との事。お菓子の食べ過ぎで気分が悪くなり、倒れてしまった少年が夢の中で見た「お菓子の世界のファンタジー」という舞台設定。「お菓子の世界」が舞台のバレエ、と言えば誰だってあの「くるみ割り人形」を連想するであろうが、実際、この作品、「シュトラウス版くるみ割り人形」というノリの曲。
 
この曲を書いた頃のシュトラウスはと言えば、一連の交響詩や「サロメ」「薔薇の騎士」「アルプス交響曲」「エレクトラ」等の代表作の数々を既に生み出した後で、作曲家として熟達の域に達していた時期。とにかくこの人らしい豊麗な音響、器用な音楽運びに溢れた作品で、同じ「お菓子の世界」を題材にしながら「くるみ割り」に比べてかなり高カロリー、高脂肪分な趣きである。
 
この曲でユニーク、というか笑えるポイントが二つ。一つ目は終結間近の地点で突如挿入される「魔法使いに操られたお菓子の騒乱」。そこまでつつましくメルヘン調に曲を進めていたシュトラウスが、「ウ~ン、やっぱりオケ総動員のド派手な山場が無いと俺の曲らしくないぞ」という「本音」をつい出してしまいました・・・という感じで、その「必然性の薄い唐突感」がタマラナイ。そして二点目。少年が主人公の「お菓子の世界」の物語なのに、「お酒」が堂々と登場する事。リキュール、ブランデー、ウォッカ、そして前述の「お菓子の騒乱」の直後に現れるは何と「黒ビールによる鎮静の輪舞」!。イヤ~さすが「水の如くビールを 飲む」ビールの王国バイエルン出身のシュトラウス!お菓子の世界に堂々ビール乱入とは恐れ入りました。ちなみにリヒャルトの母親はビール醸造業者の娘なんだそうだ。
 
有名作ほどの魅力は無いが、なかなか捨てがたい面白さのある「お菓子のクリーム」。しかし初演当時は記録的なインフレで庶民は耐貧生活を強いられ、とてもお菓子どころでは無い時代。そんな中「お菓子を食べ過ぎた少年のファンタジー」などと言う能天気すぎる題材の作品がウケる筈も無く、この曲は忘れ去られる事になる。「明るい作品で世の中も明るく」というシュトラウスの思いとは裏腹に、「気分だけじゃ何も良くならん。本当に生活が改善されないと・・」という民衆の反応・・・。何だかちょっと今の日本にも通じますな。
 
この曲の録音は幾つかあるが、「ヨゼフの伝説」「いにしえの祭り」等と合わせ、R.シュトラウスの珍曲ばかり集めた若杉&都響のセットが何と言ってもおススメだ。1枚当たり1千円弱というお手頃価格もさる事ながら、高水準の演奏と録音、そして50ページ以上に亘る詳細で気合の入ったライナーノーツとまさに非の打ちどころの無いお買い得品。若杉さんのステージに私は何度も接したが、思わず拍手を忘れる位に感動した都響とのベルクの「管弦楽のための3つの小品」を筆頭に、N響との「マーラー8番」「火刑台上のジャンヌダルク」「子供と魔法」等々、独自の「こだわり」と共に「なぜ自分はこの曲をとりあげるのか」というメッセージが毎回強烈に伝わって来る彼の演奏に私はいつも感服していた。同世代の小澤征爾と同等(あるいはそれ以上)の凄い仕事を成し遂げながら、イマイチ地味な存在だった若杉さんだが、そんな彼の「心意気」を凝縮したようなこの4枚組セット。珍曲マニアにとどまらず、少しでも多くの方に接して頂きたい逸品である。