★猫丸しりいず第166回
 
◎チャイコフスキー:眠りの森の美女
 
アンタル・ドラティ指揮 アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(海外DECCA 4783103 ※全曲 2枚組 PHILIPS音源)
 
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
(国内ALTUS ALT064 ※組曲 1979年来日ライヴ)
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チャイコフスキーのいわゆる「3大バレエ」の中で、どの曲が一番好きか?という問いにはかなり答えが割れるだろうが、私はと言えば断然「眠りの森の美女」である。あくまでも私の私見だが、「美女」に比べて「白鳥」は、まだ粗削りな部分が多く、最後の「くるみ割り」は彼の作品としては何だか音楽の密度が薄い(特に前半)ように感じられるのだ(もちろん全てが名作である事に異存は無いが)。
 
前作の「白鳥の湖」から「美女」までは10年以上のブランクがある。「白鳥」の大コケや結婚の破綻などで精神的に追い詰められた彼は、このブランクの期間は創作の筆がすっかり鈍るのだが、渡された「眠りの森の美女」の台本が余程気に入ったのが、着手してわずか半年でこの大作を完成させてしまったらしい。実際、この曲には彼の作曲家としての成熟とヤル気が横溢していて、2時間半近い長丁場でありながら、次々と豪華なご馳走が出続けるような充実ぶりに、つい時間も忘れて聴き惚れてしまうのである。
まさに脂の乗り切った大作曲家ならではの傑作と言えよう。
 
ただ、この曲あまりにスケールが巨大で登場キャラも多く、公演に多大な費用がかかるらしくて「3大バレエ」の中でも最も地味な存在に甘んじているのは残念至極。「組曲」と「全曲」の認知度の差もあまりに大きすぎる気がしてならない。「組曲」は好きだけど「全曲」は長くて中々聴く機会が・・という貴方におススメの超弩級の名盤がご紹介のドラティ盤。
 
1979~1981年にかけて録音されたもので、とにかくオーケストラの充実ぶりが凄く、いかにもこの時期のPHILIPSらしいコンセルトへボウ大ホールの柔らかな響きをタップリ取り入れた録音も心地良い。そしてバレエ音楽の権威らしい確信に満ちたドラティの指揮! 基本的には職人的なキッチリとした仕事ぶりなのだが、全曲の各所にある「キメどころ」でアッと驚くような「仕掛け」を繰り出して聴き手の心を鷲づかみにするのが、この巨匠ならでは。例えば有名な「薔薇のアダージョ」。この曲の後半、ドラティは急激にテンポを落とし、「これ以上注いだら溢れます!」という感じの豊麗な音をオケから引き出してド迫力の名演を繰り広げる。この曲を「バレエ曲」としても「管弦楽曲」としてもここまで最高水準で再現した録音は、今後も出現しないのではないか。
 
そしてもう一点、個人的に忘れられないのがムラヴィンスキー盤。この曲は少年ムラヴィンスキーを感動させ、音楽の道に進ませるキッカケとなったと言われる作品なのだが、モノラルのSP音源しか無かったので、「来日ライヴ」という思わぬ形でこの曲の新しい録音が出て来たのは嬉しい驚きだった。ちなみにこの名コンビの、結果として最後の来日となった1979年の音源である 。
 
この演奏が本当に印象的だった。ムラヴィンスキーと言えば、一切贅肉の無い引き締まった響きで、まさに「峻厳」と表現したい別次元の名演を多々遺した人。無論この演奏も基本的にはそうなのだが、一緒に収められたグラズノフの交響曲第5番共々、「俺、この曲が好きでたまらないんだよ」というムラ爺さんの肉声が聞こえてきそうな思い入れが随所に感じられるのだ。「パノラマ」の度肝を抜く超ピアニッシモや、花が開くようにウキウキとした趣きの「ワルツ」を聴いた途端、「偉大だけど近づき難いオッカナイ爺さん」というムラヴィンスキーへのイメージが私の中で崩壊し、一気にこの巨匠への人間としての親近感が増した、そんな忘れがたい演奏である。それにしても、飛行機嫌いで知られたこの老巨匠が、シベリア鉄道で何日もかけてこの極東の島国を晩年に何度も訪れてくれたのは、今思えば本当に奇蹟的。ムラ爺さん、本当にありがとう。 

 

 

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