★猫丸しりいず第165回
 
◎セヴラック:コート・カタラン、黄昏のニンフ、3つの想い出、幻影 他
 
ロベルト・ベンツィ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団
(CASCAVELLE RSR6197)
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「メジャーな存在」とは言い難いが、熱狂的なファンを持つ作曲家と言える人々がいる。私見では、その代表例はスペインの作曲家モンポウと、そしてフランスの作曲家デオダ・ド・セヴラック(1872~1921)では無いだろうか。チッコリーニや舘野泉が盛んに演奏している事もあってか、この作曲家のファンは少なくないようで、何と「日本セヴラック協会」なる団体まであるそうだ。
 
この人は故郷である南フランスのラングドック地方の伝統音楽に根差した作品を多く遺した。今日知られているのは専らピアノ作品だが、その独特の「田舎臭い」味わいは確かに他には無い魅力に満ちている。楽壇の中心パリで音楽を学んだが、「俺には田舎の方があっている」と故郷の南仏に戻り、そこを拠点に活動した人との事。
 
この人を「ピアノの作曲家」と思い込んでいた私の前にある日忽然と「セヴラック管弦楽曲集」なるモノが出現した時は大いにたまげた。珍曲ヲタクの私がこれを入手しない訳がない。初録音だそうだが、未出版の作品もあり、演奏可能な形に整えられて初めて日の目を見るものがほとんどのようだ。早速聴いてみるとこれが期待以上に素晴らしかった。ドビュッシーがセヴラックの音楽を賞賛した「素敵な大地の香りがする」という名言が、まさに「言い得て妙」だと思わせる逸品揃いである。カラッと明るい「コート・カタラン」、女声合唱が入り、ドビュッシーの「夜想曲」を連想させる「黄昏のニンフ」は特に印象的。南欧の田舎の畑の中で、明るい日差しを浴び、爽やかな風に吹かれながら草木がザワザワと鳴る音を聴いている・・・・。そんな気分にさせられる作品達である。これらの魅力作を世に出してくれた事に感謝カンゲキである。
 
そして、この盤が出た時にもう1点私を「オオッ!」と思わせたポイントがある。それは指揮者がロベルト・ベンツィだった事。そう、彼こそ前回とりあげたピエロ・ガンバと並ぶ神童指揮者。1937年の生まれで、ガンバと同世代。マルセイユの出身で幼い時から音楽教育を受け、11歳で指揮者デビューし、何とその翌年「栄光への序曲」という映画に主演。「天才少年指揮者」としてスターダムに昇りつめたという人。その後ラムルー管などを指揮してステレオ初期の1960年前後にPHILIPSを中心に結構な量の録音をし、私がクラシック初心者だったレコード末期にはまだ廉価盤でいろいろな盤が出回っていたのだが、その後は陰の薄い存在となってしまった。
 
ただ、彼の場合はガンバと違って量的には減少したとは言え、継続的に録音は行なっていたのだが、メジャーレーベルへの録音が少なかった事等で、あまり表に出る機会が無かったのは不運であった。CD時代になってNAXOSからフランクの作品集が出た際には「オッ、まだいたのかこの人」的な盛り上がりが一部マニア間で見られたのだが、こんな意外な形で彼の健在ぶりが明らかになったのは嬉しい驚きであった(2004年の録音)。この貴重な録音が、ただの「珍曲の掘り起し」という水準に留まらず、「こんな名作が隠れていたのか!」という感嘆を呼び起こす逸品になったのは「忘れられた天才」ベンツィの大きな功績と言って間違いない。
 
残念ながらこの盤、現在は新品を入手するのは非常に難しい状況になってしまっているようだ。クラシック音楽作品の音盤が、ごく一部の売れ線商品以外は事実上の「初回プレス限定」状態に陥っているのは実に困った問題ではあるが、昨今の厳しい経済状況の中ではやむを得ない事なのかもしれない。しかも、私のような物好きや熱心なセヴラック・ファンしか入手しなかったのか、中古品の世界でも中々見かけない存在なのは残念。興味のある方は見つけ次第ゲットする事をおススメする。
 
それにしても「神童」とは、中々ツライ存在である。熱狂的にもてはやされた挙句、短期間で「消費」されてしまったり、30歳代位で大きな壁にぶつかって伸び悩んだり・・・。「好きで神童に生まれたわけじゃない!!」と叫びたくなる瞬間もきっとあるのではないか。「気楽に生きられる凡才で良かった・・」と思うのは、不肖猫丸のヒガミで御座いましょうか・・・。