★猫丸しりいず第162回
 
◎エナ:歌劇「マッチ売りの少女」
 
 トマス・ダウスゴー指揮 デンマーク国立交響楽団、合唱団 他
(デンマークDACAPO 8226048)
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自分が子供の頃親しんだ童話の「御三家」と言えば、それはグリム、イソップ、アンデルセン。
 
ひねくれ者の子供だった自分は、結構ブラックでパンチの利いた話が多く、それでいながら物事の本質をズバッと突いて来るイソップが一番好きだったのだが、「お話としての完成度の高さ」という点では何といってもアンデルセン・・・と感じていた。
 
「醜いアヒルの子」の最後のドンデン返し、「裸の王様」や「人魚姫」の人間の深層心理にまで切り込んだ奥深さ、ちょっとシュールでニヤリとするが、何だか温かい気持ちが残る「五つのエンドウ豆」等々・・。「お話」として面白いというだけでなく、大人になり様々な人生経験を積んでから再度接すると、また違った味わいがあるのがアンデルセンの童話。
 
しかし、意外にも彼の童話を素材にした有名なクラシック音楽作品は実に少ない。一番有名なのはツェムリンスキーの「人魚姫」だろうが、この曲も広く知られるようになったのはせいぜいここ30年位の事。そこで今回はアンデルセン童話の中でも最もポピュラーな「マッチ売りの少女」を素材とした知られざる名作をご紹介。
 
このお話をネタとした作品と言えば、現代音楽の鬼才ラッヘンマンの怪作は結構知られているが、アンデルセンと同じデンマークの作曲家アウグスト・エナ[1859-1939]の作品(ごく普通の?オペラ)をご存じの方はかなりの北欧音楽マニアであろう。序曲を含めても約35分という小規模な作品である。この「猫丸」で随分前(第49回)でとり上げた、デンマーク王立管のBOXセットの中に入っていたこのオペラの序曲を聴いて一発で気に入ってしまった私。全曲版があると知っては聴かない訳にはいかない。この曲、一言で言えば、フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」の北欧版・・・という雰囲気の作品である。フンパーディンクと同様、ワーグナーの影響を受けた作曲家だそうでオーケストラの扱い方等が似ている事がそんな印象をもたらすのであろう。
 
ご存じの通り、「マッチ売りの少女」は救いの無い悲しい結末のお話。にも関わらず、このオペラには「人間疎外」的な殺伐とした暗さはまるで無く、全曲に亘ってホンノリとした温かさがある。その温かさが、かえってこの話の悲しさを際立たせているようにも思うのだが。少女が持っていたマッチ全てに火をつけ、光に包まれながら天国に昇っていってしまう最後の場面、この部分の音楽の美しさ、暖かさは特筆もの。最後に序曲の美しいメロディが戻ってきて、「少女に神の祝福を。ハレルヤ!」という合唱で閉じられるエンディングには思わず胸がジーンとしてしまう。
 
この「隠れ名作」、「秘曲」と形容したいところなのだが、実は日本でも上演されているのだそうだ。だから「忘れ去られた」作品という形容は当たらないのであろうが、「知られざる」名作であるのは事実。北欧音楽ファンの方以外にも広くお薦めしたい心温まる名作である。今回ご紹介の一枚は、現代のデンマークを代表する演奏家たちによるもので、カップリングは前述のツェムリンスキーの「人魚姫」という「アンデルセン&デンマーク尽くし」の盤。
 
皆が余裕を失い、他者への思いやりなど忘れてしまったかのような尖った空気に包まれている昨今の日本。この隠れ名曲を聴いて、「人間らしい心」を取り戻しては如何?