●猫丸しりいず第152回
 
◎ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ(1911年版)
 
ピエール・モントゥー指揮 ボストン交響楽団
(米RCA  09026633032)
 
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おカネは無くとも、ヒマだけは存分にあった学生時代。
 
大学の休み期間中、私はしょっちゅう列車の旅に出かけていた(鉄ヲタにも様々な「流派」があるが、私は断然「乗り鉄」派である)。今や高速バスに駆逐され尽くしてしまった「夜行列車」が当時はまだまだ健在で、「八甲田」「津軽」「能登」「妙高」「アルプス」等々、貧乏学生の強い味方のこれらの名列車には何度世話になったかわからない程だ。
 
そんな旅のさなかの出来事。ある東北の駅(奥羽本線だったのは確かだが、どこの駅だったかはもう定かで無い)で、乗継の列車をホームで待っていた時。ホームに停まっていた貨物列車の機関車を眺めていたら、背後から「機関車、好きなのか?」と初老の男性に声を掛けられた。話をしてみると、彼は奥羽線で乗務している現役の機関士で、今日は非番との事。いろいろと鉄ヲタの血が騒ぐ、面白い話を聞かせてくれたのだが、中でも特に印象に残った話がある。
 
彼はもともとSLの機関士としてスタートしたそうで、「SLはとにかく暑くて環境は過酷だし、石炭のくべ方一つ間違えただけで思うように走らなくなってしまうので本当に扱いが難しかった。若い頃、運転中にカマの火力が急に弱くなってパワーが急低下し、駅間で立ち往生してしまった事があって、先輩にメッチャクチャ怒られたよなあ・・。その後SLが全廃されてディーゼルや電気機関車になった時は、そんな心配も無く誰がやっても同じパワーが出せるので本当に楽になった。でも、誰がやっても同じという事は、失敗も無い代わりに自分のウデを見せる機会も無いわけで、何だか面白みが薄くて・・。そうなるとあんなに大変だったSLがかえって懐かしくなったりして。人間って勝手なもんだね。ハハハ」。
 
私は彼の面白い話を聴きながら、ある名曲の事が頭に浮かんできた。その曲とは「ペトルーシュカ」。ご存じの通り、この曲は4管編成の「1911年版」と、その後3管編成に改訂した「1947年版」が存在し、指揮者によってどの版を用いるかが明確に分かれている。この2つの版は単純にCD、レコード等で聴くだけでも打楽器パートの違いなど容易に聴き分けられるポイントがある。しかし曲の進行は同じだし、それ程大きな差異は自分は感じられなかった。
 
ところが。その印象が一変したのが初めて「1911年版」をナマで聴いた時である。それまで数回聴いたこの曲の生演奏は全て「1947年版」だったのだが、最初の「謝肉祭の日」の冒頭の10秒位を聴いただけで、そのあまりに響きの違いに私は「ナンヂャコリャー」とブッ飛んでしまった。聴きなれた1947年版に比べて、なんとモッサリとした重たい響きである事か。あたかもアクセルを踏んでもなかなかスピードの上がらないクルマのようである。
 
それ以来自分の中では、この2つのヴァージョンは「別々の曲」という存在である。1947年版は、単に編成がスリム化されているだけでなく、旋律にもリズムにもくっきりとメリハリがつけられ、1911年版の一種の「モヤモヤ感」が無くて非常にドライに明快に聴こえる。とても「合理的」な感じだ。それに対し1911年版はとても「ひなびた」響き。この版は指揮者にとってはかなりの難物ではないか。そう、何だか「扱いづらいSL」のようでもある。にも関わらず「電気機関車の如く高性能で合理的」に思える1947年版に駆逐される事無く、この版がそれなりに演奏機会を持っているのは、この扱いづらい版が演奏家魂に火をつける独自の魅力を持っているからだろう。そう言えば、1911年版を用いている指揮者はモントゥー、アンセルメといった作曲者ゆかりの人や、ブーレーズ、デュトワ、ハイティンク、ショルティ等々のストラヴィンスキーに一家言持つ、或いは腕に覚えある「こだわり派」の人が目立って何だか納得出来る。この曲に関してどちらの版を選択するかという事は、指揮者にとってとても重要な問題だ。
 
さて1911年版の名盤と言えば、この名曲の初演者モントゥー盤。これがまた実に「ひなびた」演奏。最初に聴いた時はそのあまりののどかさに「オ~イ もっと石炭ガンガン焚かないと止まっちゃうよ~」と声を掛けたくなった程であったが、何度も聴くうちにその「ユルさ」に独特の魅力を感ずるようになった。1947年版の代表的名演のドラティ&デトロイト(DECCA)のシャープで都会的な響きに比べると、それこそSLとか木造校舎という趣きだが、中々良い。近代化されて合理的になる事は、全てがプラスに働くとは限らないようだ。
 
新たな年がスタート。一体日本はどうなっていくのか?2013年。
今年も「猫丸しりいず」を引き続きよろしくお願い申し上げます!!