★猫丸しりいず第146回
 
◎ベートーヴェン:ディアベッリの主題による33の変奏曲ハ長調
 
ジュリアス・カッチェン(P)
(海外DECCA 4757221 ※8枚組「デッカ・レコーディングス 1949-1968」)
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偉人と関わったオカゲで歴史に名を残せたラッキーな人・・というのが存在する。
クラシック音楽の世界では、アントン・ディアベッリ(1781~1858)がその代表選手ではないだろうか。
 
この人は、ウィーン古典派の作曲家だそうだが、作曲家としての才能はイマイチで、楽譜の出版業者として主に活動した人だったらしい。彼の場合ラッキーだったのは、恐らく地球滅亡の日までその名声が朽ちる事は無いと断言出来るベートーヴェンという大巨匠と関わりを持てた事だろう。
 
ベートーヴェンやシューベルトをはじめ、多くの作曲家の楽譜の出版に携わったこの人、ある時、自分の作った主題を用いて50人の作曲家に変奏曲を書いてもらう・・という大プロジェクトをブチ上げた。その中には当然ベートーヴェンも含まれていたのであるが、ベートーヴェンは当初この仕事に全く乗り気で無かった。その頃のベートーヴェンと言えば、主要作のほとんどを書き上げてしまい、まさに押しも押されぬ大家であった訳だが、人一倍プライドが高く偏屈おやぢだったらしい彼が「俺をその辺の無能な有象無象の作曲家どもと一緒の連作に巻き込む気か」とご機嫌斜めになった事は容易に想像出来る(実際、変奏の主題であるディアベッリの曲を「くだらない駄作」と散々コキおろしていたらしい)。
 
ところが、その話が出てから3年も経ってからベートーヴェンは突如作曲にとりかかり、アレヨアレヨという間に演奏に1時間近くも要し、幾多の「変奏曲」の中でも屈指の名作と言われる大作を生み出してしまうのだから、やはり大作曲家と言われる人は一味違う。一説によれば、彼は楽譜の出版で世話になってるディアベッリにあまり不義理は出来ないし、どうせなら自分一人の手で納得出来る作品に仕上げたいという気持ちがあったのではないか・・・という事。そんなこんなで心ならずも着手したら、結果として傑作一丁上がり!という説もあるそうだが、まあ真偽の程は定かでは無い。
 何はともあれ、ディアベッリという人、つくづく幸運な人ではある。
 
今回ご紹介の盤は、42歳の若さで肺癌に斃れた天才ピアニスト、カッチェンのDECCAへの録音の一部を収めた8枚組BOX。既にこの「猫丸」でネタにした通り、この人は私が物心ついて初めて接したクラシック音楽の演奏家であるだけに、自分にとっては特別な存在である。このBOXには小学生だった私をも感動の渦に巻き込み、クラシック音楽愛好という泥沼?に引きずり込んでくれた思い出深いラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」の音源が含まれているのが何と言っても嬉しいが、「ディアベッリ」も中々の名演。1953年ロンドンであのジョン・カルショウがプロデューサーとなって行われた録音である。それにしても、CD8枚にも及ぶ録音が、42歳で夭折したピアニストの録音の「一部」とは・・。それは、当時のDECCA がこのカッチェンというピアニストを如何に重用し、大きな期待を寄せていたのかの証明ともなろう。もし彼が70歳位まで生きて、録音を続けていたら多分さらに膨大な量の名演がこの世に遺されていたのだろうが・・・。
 
ちなみにベートーヴェン以外の作曲家の手による「ディアベッリの主題による変奏曲」も聴いてみたいというヒマ人(爆)の貴殿には、TELDECから出ていたオーストリアの名匠ルドルフ・ブッフビンダーの録音をおススメしたいが、現在でも入手可能かどうか・・・。