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ヴォーン・ウィリアムズ作曲《ギボンズの歌曲第13番による讃美歌前奏曲》
(ハリエット・コーエン/J・S・バッハ:ピアノ協奏曲他(YMCD-1066)忘れじの女性ピアニストたち(第5集)より)
 
『アウトサイダー』等の著作で知られるイギリスの作家コリン・ウィルソンは、音楽についても造詣が深い。『コリン・ウィルソン音楽を語る』(河野徹訳、冨山房1970)は、ウィルソンの実存主義的な視点から、古今東西の有名・無名作曲家が論じられている。
 その中でイギリス音楽について割かれた章があるが、これが面白い。
エルガーやホルスト、ブリテンなどの有名作曲家は勿論だが、あまり語られることのない、サリヴァンやディーリアス、バターワース、ウォーロック(ヘゼルタイン)の作品を取り上げている。
 ウィルソンはバターワースの《シュロップシャーの若者》(http://www.youtube.com/watch?v=e8Cq80UGpc0&feature=related)を聴いてから、イギリス音楽を好むようになり、イェイツの詩によるウォーロックの《ザ・カーリュー》(http://www.youtube.com/watch?v=weHYbcbd0hI)が20世紀イギリス音楽の最高傑作と語る。(上記URLはyoutubeのリンク。作風はかなり異なるが、どちらも非常に繊細な美しさを持つ作品。)
 そんなウィルソンがイギリスの主流作曲家で最も評価しないのが、ヴォーン・ウィリアムズだ。ウィルソンはヴォーン・ウィリアムズの旋法的な特質、そして主題の音域が狭いという傾向から「いいたいことをはっきりいうのが恐ろしく、まごまごしている」印象を受けるという。
 そのやり玉にあげられるのは有名な《タリスの主題による幻想曲》で、ウィルソンはこの作品について「不得要領で、なにやら息苦しく、たいへん物足りない曲に思える」と述べている。
 確かに、今回紹介する《ギボンズの歌曲第13番による讃美歌前奏曲》も旋律の発展性が乏しい音楽だ。しかもこの作品は一度も転調しない。つまり臨時記号が一つもない全音階の7音だけで書かれている。
 臨時記号を用いず、全音階だけで現代的な作品を構築する試みは、レーガーやショスタコーヴィチが実験しているが、ヴォーン・ウィリアムズ の《ギボンズ~》は、そのような作曲学的な挑戦が強く感じられるわけでもない。
 この讃美歌前奏曲はABA'のシンメトリーな3部形式からなる対位法作品で、AとA'は8小節からなる殆ど同じ音楽であり、Bの部分にギボンズの歌曲旋律が引用される。Bの楽譜は3段の大譜表で書かれており、ちょうどバッハのコラール前奏曲を想起させる。ギボンズの旋律のところには歌詞が併記されている。
 作曲上注目されるのは、Aの部分の最高音が第2小節でさっそく現れてしまうことだ。その後ソプラノ旋律は緩やかに下降し、フレーズは短い切れ切れの旋律になってしまう。メロディーは発展するのではなく衰退するのだ。
 曲全体のクライマックスは、歌曲旋律が終わった直後、BとA'のブリッジに設定されており、そこで曲全体の最高音、上2点イ音と冒頭の動機が結びつけられる。 曲全体が、このクライマックスに向かって成長し、また初めの状態に回帰してゆくが、それは劇的なものではなく、基調となる感情はたった一つのように聴こえる。(チャールズ・ローゼンなら、この感情の扱い方を「バロック的」とするだろう)

 ギボンズの原曲の歌詞は旧約聖書の恋愛の喜びや恋人の美しさを謳った雅歌4:1。
雅歌に登場する若者やおとめたちは、恋人の美しい姿に夢中になり、愛し合い、感傷的な気分に浸る。雅歌で描かれているのは、この讃美歌前奏曲と同様に、対立する劇的な感情ではなく、「恋愛」という一つの感情の流れである。
 この作品を献呈されたハリエット・コーエンはバックスを始めとするイギリスの様々な音楽家たちに霊感を与えたミューズだった。
 コーエンはバッハ作品などの流麗な演奏スタイルで知られているが、この音盤に録音された《ギボンズ~》の演奏は、感傷的な時間を目一杯引き延ばし、所々で立ち止まるような弾き方をしているのが印象的だ。
 この作品は他にジョン・マッケイブによる素晴らしい録音がある。

(文責:大村新)

雅歌4:1

恋人よ、あなたは美しい。
あなたは美しく、その目は鳩のよう
ベールの奥にひそんでいる。
髪はギレアドの山を駆け下る山羊の群れ。

(新共同訳)