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★猫丸しりいず第263回

◎ミヨー:青列車
イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団
(SCRIBENDUM SC014 ※廃盤 3枚組)

「ブルー・トレインが57年の歴史に幕」というニュースを耳にしたのは先日の事。

1958年のデビュー以来、国鉄、JRの時代を通じて親しまれていた「青い車両の
寝台列車」が、この夏の「北斗星」号の廃止に伴い、その長い歴史を閉じた。
乗り物ヲタクの私にとって特別な存在だった「ブルー・トレイン」の終焉は残念
ではあるが、まあ仕方が無いのかな・・・とも思う。

宮崎の祖父母の家に行く時に何度も乗った「富士」や「彗星」。幾度もお世話に
なった名門急行「銀河」等々、ブルー・トレインに関する思い出は限りないが、
航空機や新幹線の普及に伴うスピードアップで、日常の交通手段としての
「存在意義」は私が社会人になった四半世紀前には既に相当薄れていたので、
むしろここまで存続出来た事が奇跡なのかもしれない。ちなみに、昭和の
ブルー・トレインに近いノリの「寝台列車の旅」が楽しめる夜行列車の宝庫が
隣国中国なのだが、かの国も現在怒濤の勢いで高速鉄道の建設が進んでおり、
夜行長距離列車の今後については予断を許さない。

高校生の頃、「ブルー・トレイン」という名前のクラシック音楽作品があるらしい、
という事を聞きかじり、大いに興味の湧いた私は色々調べてみた。結果、その
曲は「ル・トラン・ブルー」というミヨーの作品で、マルケヴィッチによる録音が
あるらしい・・・という事がわかった。興味津々の私はあちこちのレコード屋を
探索したが、コンサート・ホールレーベルが初出で、その後ヴァレーズ・サラバンド
レーベルから再発・・というそのレコードは容易には見つからなかった。
今のようにネットで調べものが簡単に出来る時代では無く、モノを見つけるには
基本的に「店」に行くしかなかったその頃。残念ながら諦める他なかった。

それから四半世紀たったある日。SCRIBENDUMからマルケヴィッチのコンサート・
ホールレーベルの録音をまとめたBOXが出る・・・と言うので、どれどれ・・と
収録曲を見てみると。思わず「オーッ」と雄叫びを上げそうになってしまった。
泣く泣く入手を諦めたあの「青列車」が入っているではないか! イヤ、それだけ
では無い。アンリ・ソーゲの「牝猫」とか、オーリックの「うるさ方」等、「青列車」と
一緒に入っていた珍曲たちも収録!

苦節25年(笑)ようやく聴けた「青列車」、実にミヨーらしく屈託の無い楽しい作品
である。しかし、この曲は「鉄道」や「列車」を描いた曲では無い。あのディアギレフ
のロシア・バレエ団が1924年に上演したこのバレエは、南仏のバカンス地、
コートダジュールでテニスや水泳に興じる人々を描いたもので、台本をコクトー、
衣裳をココ・シャネルが担当したのだそうだ。「時代の最先端」を描いたこのバレエ
に相応しい豪華スタッフである。「青列車」とはカレーからパリを経て、バレエの
舞台となっている南仏へ向かう豪華列車の愛称で、この列車のデビューは1922年
。つまりはこの列車も初演当時の「時代の最先端」だったわけで、丁度「北斗星」が
「北海道への旅」を強く印象付ける「記号」のような役割を果たしたのと同様、
「青列車」は「セレブなヴァカンス」を連想させる、人々の憧憬の対象だったのだろう。
ただ、この歴史的名列車も日本同様に高速鉄道網が整備されたフランスで生き延びる
事は出来ず2007年には姿を消した。ミヨーの「青列車」も今日演奏、上演の機会が
ほとんど無いのは残念。

さてこのマルケヴィッチの録音は、1920年代にロシア・バレエ団で上演されたフランス人
作曲家の作品を集めたものだが、オケのメチャクチャな張り切りぶりが微笑ましい。
重心の高い、如何にも古き良きフランス系楽団という趣きの明るい響きが曲に
ピッタリ。ちなみにこのSCRIBENDUMのBOX、現在は廃盤のようだが、中古市場では
それなりに見かける品物。興味のある方は早めにゲットを!
★猫丸しりいず第262回


◎ウォルトン:ヴァイオリン協奏曲


イダ・ヘンデル(Vn)
パーヴォ・ベルグルンド指揮 ボーンマス交響楽団
(国内ワーナー WPCS50798~9)
1969年にスタートし、何と放映45年以上という驚異の長寿アニメ番組
「サザエさん」。


このアニメで番組開始以来ずっとサザエさんの母、磯野フネの役を
演じ続けていた麻生美代子さんが、遂にこの2015年9月いっぱいでフネ役
から引退する・・というニュースが先日流れた。麻生さんと言えば、私が子供
の頃に既にヴェテランの域に入る存在であった声優さんなので、それなりの
お歳である事は認識していたが、今回このニュースで麻生さんのお歳を知った
時はさすがに驚嘆した。1926年生まれの麻生さん、何と89歳の現役声優
だったのである。あの張りのある凛とした声と明瞭な語り。とても卒寿を迎え
ようとするお歳とは思えない。この番組のスタート以来、一貫して同じ役を
演じ続けているのはこれでサザエ役の加藤みどりさんと、タラオ役の貴家堂子さん
だけとなってしまったが、お二人とも確か70代半ばのはず・・(失礼!)。
貴家さんの声は、「ハクション大魔王」の「アクビ娘」とか「天才バカボン」の
「ハジメちゃん」の声で、私は小学生の頃から親しんでいるので、どれだけ長い
キャリアなのかが実感出来る。70代でも80代でも現役第一線! お見事と言う
他無い。


クラシック音楽の演奏家にも、ストコフスキーを筆頭に驚異的な年齢まで現役を
続ける人は少なくない。そんな中から今回は、麻生美代子さんと同世代の
イダ・ヘンデルをご紹介。今更「ご紹介」という程も無い、大ヴァイオリニストで
ありながら、謎の多いイダさん。何しろ正確な生年がよくわからない。
1928年生まれという説もあれば、1924年・・という説もあるが、いずれにしても
御年90歳前後で現役という驚異の存在である。ポーランド出身で、カール・
フレッシュやエネスコにも師事。もう「伝説の存在」となっているジネット・ヌヴーや
ヨハンナ・マルツィとほぼ同世代。そういう人が未だ現役というのは凄い。


イダさんは録音があまりお好きでは無いらしく、特定のレーベルに継続的に
商業録音をするという事をほとんどしていない。そのレコーディング・キャリアは
まさに「神出鬼没」という趣きで、テスタメントからいきなり登場したバッハの
「無伴奏」や2008年の来日時に東京で録音された小品集(RCA)等々、「オッと
まだいたのか、この人」(失礼)的な突然の出現でクラシック好きを驚かせ、また
その充実した内容で「イダさん、健在なり」と更に驚かす。


その「脈絡の無い」ラインナップの中で、私にとって一番印象深い名盤と言えば、
アンチェルと共演した「スペイン交響曲」と、今回ご紹介のウォルトンの協奏曲。
イダさんは英国籍らしく、エルガーやブリテン等の英国の作曲家の作品も盛んに
演奏しているが、1977年に録音されたウォルトンは、この曲のベスト演奏と言って
良い素晴らしい名演である。いかにもウォルトンらしい、切れ味鋭くカッコイイ
協奏曲だが、モタモタした演奏では曲の魅力が全く伝わってこない。イダさんの
演奏は素晴らしく俊敏で、迫力タップリのオーケストラ(ベルグルンドの名指揮!)
にも全く埋没する事無く、全編キリリと引き締まった演奏を聴かせてくれる。


麻生さんやイダさんのみならず、「演ずる」事を仕事にする人には高齢でも、
齢を感じさせない素晴らしい芸を見せる「超人」が少なくない。並みの自己管理
では出来ない事だろう。彼女たちから見れば私なんかまだ「洟垂れ小僧」も
良いところ。精進しなくっちゃ・・・・。
★猫丸しりいず第261回


◎J.シュトラウス:美しく青きドナウ(合唱入りヴァージョン)、南国の薔薇、春の声 他
ウィリー・ボスコフスキー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ESOTERIC/DECCA ESSD90129 ※2015年9月15日発売 限定生産)
「餅は餅屋」「蛇の道は蛇」と言う。


へそ曲がり人生一直線の私は、この諺を聞いても「そんな事もないだろう」と珍盤、怪演
漁りを続けているが、そんな私もトシのせいで多少は丸くなったのか(笑)、「本場モノ」の
凄さを素直に認められるようにもなってきた。


そこで「ボスコフスキーのウィンナ・ワルツ」。
天文学的な数が遺されているクラシック音楽の録音の中でも、一二を争う「メジャー中の
メジャー」と言える存在である。あまりに「普通すぎる存在」のこの音源と、私は長年真剣に
向き合う機会が無かった。先日発売されたESOTERICのSACDの新譜で、このボスコフスキー
の録音がとり上げられた。正直、発売が発表された時、私は「これだけ人口に膾炙した音源
をどうして今更・・・」と思ってしまったのだが・・・。


聴いて驚いた。「こりゃ降参だ!」と唸った。そして頭に浮かんだのが冒頭の二つの諺である。
ボスコフスキー(1909~1991)はクレメンス・クラウスの後継として1955年から1979年の長きに
亘り、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの指揮者を務め、最後の1979年のコンサートは
DECCAのデジタル録音第1弾として大々的に発売された。翌1980年からはコンサートの全編の
リアルタイム中継が始まり、様々な大物指揮者が交代で登場するようになって、コンサート
自体の知名度は一気にアップしたが、知名度のアップと反比例するようにウィーンらしい
「地元の味わい」はどんどん稀薄になっていくように私には感じられた。「グローバル化されすぎ」
のニューイヤー・コンサートは少なくとも私にとっては魅力がイマイチだ。
そんなワケで、私のウィンナ・ワルツの愛聴盤は田舎臭く、良い意味でアバウトで「日常」感炸裂
の名匠ロベルト・シュトルツのオイロディスク盤である。「超一流のB級」とも呼ぶべきシュトルツ盤
に比べると、ボスコフスキーのDECCA盤は何か「スタイリッシュ」に過ぎる感じがして、それが
何となく彼のウィンナ・ワルツと「マジで」向き合わなかった要因でもあるのだろう。


そこに出現した今回のESOTERIC盤。まず選曲が良い。「美しく青きドナウ」の合唱入りとオケのみ
両ヴァージョンを最初と最後に置いた事に、制作サイドの「思い」を感じさせる。ありそうで無い
「合唱入りヴァージョン」の録音。この「合唱入りドナウ」にまず強烈な先制パンチを喰らわされて
しまう。ヨタヨタしているうちに続く「南国の薔薇」や「ウィーン気質」「春の声」等々で完全に
ノックアウトという趣きだ。ボスコフスキーの録音には確かにシュトルツのような「土臭さ」「大衆性」
は薄い。そこにあるのは「磨き抜かれた日常」という感じの音楽である。妙な例えで申し訳無いが、
豪華な献立を期待してい たら、出て来たのがご飯と味噌汁と納豆だけ。何だよこれ、と思って
箸をつけるとそれらの全てが最上級で思わず驚嘆・・・そんな感じなのだ。


娯楽音楽なんだからテキトーでいいや、みたいな「やっつけ感」が全く無く、真摯そのものの演奏
ぶりでありながら「ウィーンの地元臭さ」も決して失っていない。作品の価値がもう一段上がったよう
にすら思える程で、脱帽という他無し。この盤、1957~1976年という幅広い年代の録音を集めた
ものだが、続けて聴いても全く違和感が無く、ステレオ初期の古い音源も非常に音がリフレッシュ
されている。録音データを見ると、カルショウ、スミス、マリンソン、レイバーン、ブラウン、パリー等々
のDECCAのエース級のスタッフたちの名前が並んでおり、「ウィーン・フィルの音を最も魅力的に
聴かせる事」に秀でた彼らの凄腕も再 認識させられる。「南国の薔薇」の後半のホルンの豊麗な
響きを聴くと、「ああDECCAだなあ」とニヤリとしてしまう方も多いのでは・・・。


ヴェテランのリスナーになればなるほど、「今更○○なんて・・・」と最近ご無沙汰気味の名盤は
多いと思うが、虚心坦懐に聴いてみれば改めて感心というケースは多い。さあ皆様も埃をかぶった
ご無沙汰名盤を発掘いたしましょう・・・。
★猫丸しりいず第260回
◎ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番・第3番
ウィルヘルム・ケンプ(P)
パウル・ファン・ケンペン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(独DG 4357442 ※3枚組/ピアノ協奏曲全集)
◎チャイコフスキー:スラヴ行進曲
パウル・ファン・ケンペン指揮 アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(豪DECCA ELOQUENCE 4808536 ※2枚組/管弦楽曲集)
懲りずに続く、「忘れられた名匠救出しりいず」。
今回はオランダ出身のドイツの名指揮者、パウル・ファン・ケンペン(1893~
1955)。


この指揮者の事を最初に意識したのは、クラシック聴き始めの高校生の頃。
ちょうどその頃、フィリップスの廉価盤レコードでケンペンの録音がまとまって
出たのである。彼の事を当時全く知らなかった私は、「エ? ケンぺじゃないのか。
紛らわしいな」と妙な興味が彼に芽生えたが、その全てがモノラル録音だった事
もあり、実際にそれらを購入して聴くには至らなかった。その後もずっと彼の
名前は頭の中にずっと引っ掛かっていたのだが、実際に彼の音源を聴いたのは
それから随分経ってからだった。


ケンペンはオランダに生まれ、アムステルダム・コンセルトへボウ管のヴァイオリン
奏者として音楽家としてのキャリアをスタートさせ、1932年にはドイツ国籍を取得。
その翌年に指揮者デビューし、ドイツ国内で大活躍。しかしその後のナチの台頭、
第2次大戦が彼の人生に暗い影を落とす事になる。戦後彼は活動の拠点を
故国オランダに移すが、その実力にふさわしいポストに就く事は無かった。
大戦中もドイツにとどまり、ナチ政権に協力的な(と見なされる)活動を行なった事が
戦後に問題視されたらしい。そして、1955年に62歳というまだまだこれからという
齢で亡くなってしまう。結果、彼はステレオ録音を遺せず、その後のステレオ全盛
時代の中ではずっと冷遇される事となる。


彼の録音の中で、飛び切りの名演でしかも比較的入手しやすいと思われるのが、
今回ご紹介の2点。ケンプのベートーヴェンは一般的にはライトナーと共演した
ステレオ再録音の方が圧倒的に有名だが、1950年代初頭に録音されたこの旧録音
も未だ根強い人気を保っている。そのわけは何と言ってもケンペンの指揮の魅力。
5曲全てが素晴らしいが、「1番」「3番」「皇帝」がまさに最高である。録音当時は
まだフルトヴェングラー存命の時代だったわけだが、そのまさに「ドイツ!」という
趣きの響きのオケから実に男性的、筋肉質、雄渾で「カッコイイ」演奏を引き出した
ケンペンの指揮は秀逸。彼が如何に傑出した能力の持ち主だったか、この1点
だけでも充分にわかる。


もう1点は1951年に録音されたチャイコフスキー管弦楽曲集。交響曲の「5番」「6番」
をメインに「イタリア奇想曲」「1812年」「ロメオとジュリエット」等が収められている。
「5番」は終楽章に大胆不敵なカットがあったり、いきなりシンバルが登場したり・・と
「時代」を感じされる部分もあるが、前述のベートーヴェン同様、まさに「男臭い」
豪演が並んでおり、聴きごたえ充分。そしてこのアルバムの最高の聴きものは
「オマケ」的にくっついている「スラヴ行進曲」。これがまた惚れ惚れする程に
「カッコイイ」演奏であり、軽く扱われがちなこの曲を正面突破でここまでキリリと
演奏出来るのか!と興奮させられる。


ケンペンにとっての最大の痛恨事は、戦後の冷遇以上にこれから円熟という齢で
亡くなってしまった事ではないか。ベームと同世代の人だけに、せめてあと10年
長生きして多くのステレオ録音を遺せたら、今日ここまで忘れられる事も無かった
のではと思うと残念である。でも人生は自らの思う通りには運ばず・・・・。
★猫丸しりいず第259回
◎メシアン:世の終わりのための四重奏曲
 タッシ
(国内SONYMUSIC SICC1830 ※限定盤)
クラシック音楽作品の楽器編成、中でも室内楽におけるそれには、「弦楽四重奏」
のような「定形型」もあれば、「何じゃこりゃ」と言いたくなるような「変形型」もある。


「変形型」の生まれる背景としては、委嘱作であったり、特定の奏者やアンサンブルに
よる演奏を前提とした作品であったり・・というケースもある。しかし中には「偶然」と
言うか、「その時の状況・条件が作品を生んだ」と言うべき楽曲もある。メシアンの
代表作である「世の終わりのための四重奏曲」は、「状況が生んだ名作」の代表格。
この曲は第2次大戦中の捕虜収容所の中で生まれた。
メシアンはこの大戦でドイツ軍の捕虜となり、ゲルリッツの捕虜収容所に収容された。
その中で1940年に作曲されたのがこの作品で、初演は翌1941年の初頭にこれまた
収容所の中で、捕虜たちを前に行なわれたのだと言う。
ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノという風変わりな編成は、たまたまその時
メシアンと一緒に収容されていた(捕虜の)演奏家たちがこれらの楽器の奏者だった
・・・という偶然から生じたものなのだった。「ヨハネ黙示録」に基づくこの曲は、以来
今日までメシアンの代表作として繰り返し演奏、録音されている。


まともな状態の楽器など無い苛烈な環境の中で作られた曲にもかかわらず、その
完成度の高さは凄く、「信仰」「鳥」「リズム」等々のメシアンらしい要素が、「偶然」から
生まれた編成を十全に生かした形で描き出されているのはさすがだ。
瞑想的な「イエズスの永遠性への讃歌」や、実にカッコイイ「7つのトランペットのための
狂乱の踊り」(プログレッシブ・ロックを先取りしているような曲である)が中でも印象に
残る。


この曲と切り離せないのが、まさにこの名作を極める事を目指して結成された「タッシ」。
1973年にピーター・ゼルキン、カヴァフィアン、シェリー、ストルツマンという気鋭の4人
が結成したアンサンブル。彼らがメシアン自身の監修、指導も受け、デビュー作と
して録音、発表したのが今回ご紹介の一枚である。1975年の録音だが、録音データを
見ると録音場所が千葉の柏市民会館とニューヨークのRCAスタジオ・・となっていて、
何だコレ、何かの間違いか?と一瞬思ってしまったのだが、最初のセッションは
彼らが武満徹の「カトレーン」の初演に伴い来日した際に、実際に柏で行われたのだ
と言う。メシアンと柏とニューヨーク。中々強烈な組み合わせだ。ちなみに「カトレーン」は
タッシの面々の演奏ぶりに惚れ込んだ武満が、彼らのために書いた作品。
捕虜収容所から生まれた「偶然」の編成が、名演奏家と大作曲家たちによって「必然」
へと高められていく過程を見るようで、中々面白い。
ちなみに「タッシ」とはチベット語で「幸福」という意味。このネーミングがいかにも
1970年代&「ヒッピー」な感じ横溢で、時代を感じる。


今回ご紹介の盤は、今年(2015年)の4月新譜だが、限定盤なのでご注意。
このところの「新譜」はほとんどが事実上の「初回プレス限定」状態に陥っており、
油断するとすぐに入手困難になってしまう。ずっと続く厳しい経済環境を思えば仕方の
無い事とは思うが、かつての音楽ソフト産業全盛の時代を知る一人としては何だか
わびしい・・・・。

 

★猫丸しりいず第258回

◎ベートーヴェン:ウェリントンの勝利
ハインツ・ボンガルツ指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(国内ドイツ・シャルプラッテン TKCC15168 ※廃盤)
発表当時コテンパンに叩かれても、今や不動の名曲・・という存在の
クラシック音楽作品は多い。しかし、その真逆のパターンもある。
つまり、初演時は大ヒットするも、今日では全く歯牙にもかけられない・・
という可哀想な作品。その代表格と言えるのが「ウェリントンの勝利」。


メトロノームの発明者として知られる技師メルツェルが、新たに開発した
自動演奏楽器「パンハルモニコン」のプロモーション用?として、
ベートーヴェンに作曲を委託した曲。当時既に「6番」までの交響曲を
発表し、かなりの名声を得ていた彼を起用する事は、それなりの宣伝効果
が期待出来るとメルツェルは踏んだのだろう。以前「ディアベッリ変奏曲」を
とり上げた際にも触れたが、「自分のプロジェクトには、あのベートーヴェン
が参加しています!」と謳える事は、当時の音楽業界人にとってこの上なく
魅力的だったのだろう。こういう点は今も昔も変わらないようだ。


この曲は、1813年のスペインのビットリアにおける英仏の戦いで勝利した
英国のウェリントン候を讃える作品で、初演は熱狂的な大成功を収めた。
この時同時に初演されたのが「交響曲第7番」だが、初演当時は完全に
「ウェリントン」の方が主役で「7番」はオマケ扱いだったというのは、
今日では信じられない話ではある。今や「ベートーヴェン最大の駄作」という
輝かしい?称号まで得ているこの曲、確かに戦争シーンを描写した前半部分
はお手軽感炸裂で苦笑を禁じ得ない。でも英国軍の勝利の凱歌となる後半
は「エグモント」や「フィデリオ」の序曲に通じる「これぞベートーヴェン!」と
いう感じ のエネル ギッシュで推進力溢れる音楽が展開する。「頼まれ仕事」
のこの曲に、ベートーヴェンがどの程度「真剣」に取り組んだのかは不明
だが、結果としていかにも彼らしい作品になっているのはサスガだ。
確かに「名作」とは言い難いが、「駄作」と切り捨てるのは忍びないと私は思う。


それにしても、既にそれなりの名声を得ていた彼が、どうしてこんな、
当時としては破天荒なイベント音楽の作曲を引き受けたのか、と言えば
やっぱり「おカネ」の問題であろう。彼と「おカネ」の切実な関係に関しては、
当猫丸でピアノ曲「失くした小銭への怒り」をテーマにした際にもネタに
したけれど(コチラをどうぞ http://blog-kichijyouji-classic.diskunion.net/Entry/1965/
、彼にしてみれば、「おカネのための割り切った仕事」だったのかもしれない
この曲が、その後200年経っても聴き続けられている・・などという事態は全く
想像もしていなかったに違いない。


さて、今や全く無視されているように思えるこの曲の録音、決して少なくは無い。
「ここまでやりますか」と苦笑してしまう、我らがシェルヘン大先生の爆笑の
怪演を筆頭に、カラヤン、オーマンディ、ドラティ、マゼール、マリナー、カンゼル
等々そうそうたるメンバーが録音しているが、私にとってこの曲はハインツ・
ボンガルツ(1894~1978)でキマリである。旧東ドイツ指揮界の重鎮として活躍
した人だが録音には恵まれず、その限られた音源も「エグモント全曲」とか
ブルックナーの「6番」、ブラームスの「セレナード」、レーガーの作品集等々、
「よりによって」と思えるシブい曲目ばかり。この名匠、怪作「ウェリントン」に対して
クソ真面目と言って良い姿勢で取り組んでおり、後半の「勝利」の部分の驀進ぶり
は素晴らしい。独逸頑固おやぢの手によって、作品の価値が一段高められたと
感じられる程だ。もっと評価されるべき指揮者と思うが、この録音現在入手困難な
模様なのは残念無念・・・・・。
★猫丸しりいず第257回


◎レーヴェンスキョルド:ラ・シルフィード
オレ・シュミット指揮 コペンハーゲン・フィルハーモニー管弦楽団
(海外EMI 9676942 ※2枚組 メインはプレヴィンの「くるみ割り人形」)
「有名なバレエ」と「有名なバレエ音楽」は必ずしも一致しない。


「有名なバレエとその音楽」の関係は、おおよそ以下の3つのパターンに分類出来る
ように思う。


第1のパターンは、バレエの上演のみならず、その音楽も頻繁にコンサートで演奏
される作品。チャイコフスキーの「3大バレエ」あたりが代表例だろう。
第2のパターンは、バレエもその音楽も広く親しまれているが、音楽のみがコンサート
でとりあげられる機会があまり無い作品。ドリーブの「コッペリア」「シルヴィア」等が
頭に浮かぶ。
そして、第3のパターンは、バレエとしては非常に親しまれているにもかかわらず、
その音楽のみが単体でとりあげられるケースがほとんど無いもの。アダンの「ジゼル」
やミンクスの「ドン・キホーテ」あたりが代表的な例である。
この他にも元々バレエ音楽では無い作品を用いたバレエとか、既存の曲をバレエ用
にアレンジした作品(「パリの喜び」とか)もあるが、そこまで踏み込んでしまうとキリが
無くなるので今回は止めておく。


バレエ音楽の歴史の分岐点は「白鳥の湖」。この作品が当初大失敗だった事は有名
だが、その原因の一つが、それまでのバレエ音楽に比べてあまりに「雄弁」すぎる
音楽を演ずる側も見る側も持て余してしまった事だろう。実際、第3のパターンの
作品群は基本的に「踊るための音楽」という色彩が強く、音楽があまり出しゃばる事が
無い代わりに、踊り抜きで音楽のみを聴き続けるのはちょっと苦しい・・という印象を
拭う事が出来ない。「ジゼル」にしても、物語の起伏の大きい第1幕は音楽だけでも
結構楽しめるが、第2幕は少々キビシイものがある。そのあたりの事情が、「有名作
なのにコンサートでとりあげられる事はほとんど無い」という結果に結びついている
のであろう。


今回とりあげる作品は、バレエの世界では超有名作でありながら、「バレエ音楽」と
してはほとんど知られておらず、そのギャップが異常な程に大きい特異なポジション
の作品である。その名は「ラ・シルフィード」。


「エ? それってあのショパンのピアノ曲を編曲したやつでしょ?有名じゃないか」
というお声も聞こえてきそうだが、早トチリにご注意である。実際、この作品、

「レ・シルフィード」と非常に紛らわしく、事実混同されているケースも多い(なので、
店頭で「シルフィード」のCDやDVDはありますか?とお客様から訊かれた場合、
私は必ず「ショパンをアレンジしたものですか?それとも・・・」と確認するように
している)。1841年に初演された「ジゼル」よりも更に先輩の作品で、今日一般的に
上演されるロマンティック・バレエの中では「元祖&最古参」と言える偉大な作品
なのだそうだ。トウシューズを履いてつま先で立って踊る・・というスタイルを定着
させた「バレエの歴史の分岐点」でもあるこの作品、元々1832年にパリで上演され
、それを見たデンマークの著名な振付師ブルノンヴィルが地元での上演を熱望
するも、曲の著作権使用料が高額でそれが叶わなかったため、ノルウェー出身の
作曲家レーヴェンスキョルド(1815~1870)に新たな音楽の作曲を依頼し、1836年に
デンマーク王立バレエ団によって初演され大成功・・・という、中々複雑な経緯を持った
作品である。


この曲、前述の「分類」における立ち位置は典型的な「第3のパターン」なのだが、
音楽だけでも中々楽しめる佳作である。チャイコフスキーのような「ド派手絢爛」な
響きでは無く、もっと清楚でつつましやかではあるが、明快でリズミカルで爽やかな
印象の残る作品。レーヴェンスキョルドは作曲当時まだ20歳そこそこの若者だった
わけだが、大振付師ブルノンヴィルから作曲を委託されるという事は、かなり傑出
した才能の持ち主だったのだろう。「北欧の隠れ名作」としても聴かれる価値のある
この作品、幸いにも容易に入手出来る音源がある。ただ、その盤、メインの「くるみ
割り人形」のオマケみたいな形でこの曲が収められているので要注意なのだが。
デンマークEMIの音源だが、何と指揮がデンマークの名匠オレ・シュミットという
マニア感涙&狂喜乱舞の逸品である。ロンドン響を振ったニールセンの交響曲全集
が今に至るまで絶賛されているこの指揮者、何とジャズ・ピアニストとしてスタート
したという変わり種。このシュミットの指揮が実に素晴らしい。メリハリクッキリで
しなやかな演奏は曲の魅力を十二分に生かしており、この曲の貴重な録音が
シュミットによって遺された事には本当に感謝したいと思う。


「隠れ名曲」と「隠れ名匠」が一度に味わえる「一粒で二度美味しい」この名録音。
お問い合わせの際は、是非「ショパンじゃないシルフィード」とお尋ね下さい・・・。
★猫丸しりいず第256回


◎プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」~第3幕間奏曲
シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ指揮 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
(豪PHILIPS 4681482 ※廃盤)


◎プロコフィエフ:バレエ音楽「石の花」(抜粋)
シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団
(国内LONDON POCL4585 ※廃盤)
猫丸名物「マイナー名匠救出しりいず」。
今回はシルヴィオ・ヴァルヴィーゾ(1924~2006)。

彼はこれまでにとり上げた名指揮者たちと比べても、「マイナー指数」が
極めて高い人だろう。ヴァルヴィーゾ、という名前を聞いてコーフンする人は
私を含めて関東地方全体でも4~5人しか居ないのでは(笑)・・・と思う程である。
イタリアンな名前ながら生粋のスイス人。しかもルガノとかのイタリア語圏では
無く、チューリヒの出身。

彼との「出会い」は例によって偶然であった。私がクラシック初心者であった
中学生の頃、1978年に彼はNHK響に客演し、モーツァルト40番、ドヴォルザーク
8番、「ダフニスとクロエ第2組曲」等々を演奏したのである。
それからしばらく経った1980年代前半に、彼がドレスデン・シュターツカペレの
オケを振った録音がPHILIPSから数点まとめて発売された。オペラの管弦楽曲集、
ワーグナー、ヴェルディ等々。そのどれもが素晴らしく、私はこの指揮者に俄然
興味が芽生えた。

彼はクレメンス・クラウスに指揮を学び、バーゼル、ベルリン、ストックホルム、
シュトゥットガルト等の歌劇場の指揮者を歴任した他、1970年代前半はバイロイト
音楽祭にも継続的に登場し、メトロポリタンやロンドンにも客演。まさにグローバル
な活躍をしたオペラの名匠と呼ぶべき名指揮者。彼の凄腕を見せつける逸品が、
「マノン・レスコー」の間奏曲。5分程の小品ながら、プッチーニらしい精妙な響きと
劇的な振幅が短時間に凝縮された中々の難曲である。この録音でヴァルヴィーゾ
が聴かせる、オケと一体化しているような「自由自在」な凄演ぶりには、まさに舌を
巻いてしまう。情感の高まるクライマックスに向けての凄い急加速! その指揮に
対し、一糸乱れず、しかもシルクのような美音を保ち続けるドレスデンのオケ!
まさに「プロの仕事」とはこれだと思わせる。そして盛り上がりの頂点で鳴らされる
怖~い和音。この和音の鳴らし方(弦と管のバランス)がこれまた絶妙の一言。
この間奏曲は人気作だけに録音も多く、私も色々な演奏を聴き比べたが、ここまで
の境地に達している演奏は他にも無かったし、これからも現れないような気がする。
このドレスデンとの「オペラ名曲集」は、他にも「時の踊り」「ノートルダム間奏曲」
などお馴染みの名曲が多く含まれているが、まさに名演揃い。この盤が現状
入手困難なのは残念の一言に尽きる。

コンサート指揮者としても並々ならぬ腕前を持っていたと思われるヴァルヴィーゾ
だが、活動の中心がオペラだった事もあり、遺された録音の大半はオペラである。
DECCAに録音した「ノルマ」「アルジェのイタリア女」「カヴァレリア・ルスティカーナ」
等々が代表盤と言えるか。そんな中で彼が珍しく遺した「オペラで無い」録音が
スイス・ロマンド管との「石の花」の抜粋版(1965年録音)。

プロコフィエフの9つのバレエ音楽の最後の作品で、お世辞にも有名とは言えない
「石の花」を録音する事になった経緯は不明だが、録音当時まだ初演から10年ちょっと
という「若い」作品をよく手中におさめて明快かつ聴き映えのする演奏に仕上げて
いるのはさすがだ。このコンビはその後1967年にはボロディンの第2交響曲等を
録音しており、DECCAがヴァルヴィーゾに(同じスイス人という事もあるのだろうが)
ポスト・アンセルメとしての期待をかけていた事が窺えるが、前述の通りその後も
彼はオペラ中心の活躍を続けたため、スイス・ロマンド管と継続的に録音をする
事にはならなかった。コンサート指揮者としても並々ならぬ腕を持っていたと思われる
彼の「オペラ以外」の曲目の録音が極めて限られた量になってしまったのは、
今となっては残念としか言いようがない。

オペラに対する「需要」に限りがある日本でヴァルヴィーゾが再評価される日が
来る事はほとんど期待出来ないが、こんな指揮者もいたんだなあと記憶の片隅に
でも留めて頂ければ幸いである。ネタの尽きない「マイナー名匠救出しりいず」は
まだまだ続きますヨ・・・・
★猫丸しりいず第255回
◎大栗裕:ヴァイオリン協奏曲、管弦楽のための「神話」、大阪俗謡による幻想曲 他
下野竜也指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団  高木和弘(Vn)
(NAXOS 8555321J)
のっけから「宣伝」で申し訳ないが、ディスクユニオンが大阪に出店する事が決まった。
今年11月に梅田エリアにオープン予定で、詳細は今後段階的にお知らせしていく事に
なると思う。


大阪とクラシック音楽と言えば、何と言っても朝比奈&大阪フィルが頭に浮かぶし、
関西エリア出身の作曲家、演奏家も多い。せっかくなので、今回は朝比奈さんや大阪
フィルとも縁深く、作品そのものにも強く「大阪」を感じさせる作曲家、大栗裕(1918~
1982)をご紹介したい。


大栗という作曲家は、今回ご紹介のNAXOS盤にも収録されている「神話」や「大阪俗謡に
よる幻想曲」等で、吹奏楽の世界では以前からかなり親しまれていた人だそうだが、
実は私はこの盤の登場で初めて彼の存在を知った。

このNAXOS盤の片山杜秀さんのライナーノーツは、大栗氏を「大阪土着」の作曲家と
表現しているが、まさに的確である。船場の小間物問屋の生まれで、高校でホルンを
始め、作曲を独学し、戦後は朝比奈隆の要請で、関西交響楽団(現・大阪フィル)の
ホルン奏者を長年務めた・・という人。その作品は中々にユニークで、漠然とした「日本」
では無く、これほど「大阪」の匂いを強烈に放つクラシック音楽作品は他には見当たらない。


収録の4曲の中で、私が断然面白いと思ったのが「ヴァイオリン協奏曲」。1963年の作品で
毎日放送の委嘱作。何と辻久子の独奏と朝比奈隆の指揮という豪華な顔ぶれで初演
されたのだそうだ。大栗という作曲家を「浪速のバルトーク」などと呼ぶ事があるが、
この協奏曲はバルトークというより「いきなり関西弁で喋り出したショスタコーヴィッチ」と
いう感じである。ショスタコーヴィッチの「ヴァイオリン協奏曲第2番」の関西ヴァージョンという
趣き。オケと独奏ヴァイオリンのせわしない対話はあたかも早口のじゃべくり漫才の
ようでもある。ガンガン鳴りまくるオーケストラが誠に心地良い。オケが騒々しいヴァイオリン
協奏曲として、ヒンデミットの名作と共に東西の横綱の称号を与えたい傑作。この曲が
これまでどの位実演されているのか、寡聞にして知らないが、もっととり上げられて良い
(海外でも演奏されてほしい)作品と思う。


「神話」は元々吹奏楽曲であったものを、朝比奈の依頼により管弦楽曲にリメイクしたもの。
スサノオノミコトの乱暴狼藉に怒ったアマテラスが天岩戸に引き籠ってしまい、困った神々が
外で大宴会を催す。「一体何事だ」とアマテラスが岩屋の戸をちょっと開けたところを
すかさず怪力の神様タヂカラが扉をこじあけ、世界に光が戻ってめでたしめでたし・・・
というあの有名な神話を描いた交響詩。神々が岩屋の外で催す大宴会のシーンで
登場する舞曲。これが何だかバーバーの名作「メデアの復讐の踊り」の関西弁版という
趣きなのだ。コッテリ濃厚なバーバーに比べると、非常に重心が高く「能天気」な雰囲気を
放ってはいるが。演奏効果抜群の曲で、吹奏楽の世界で定番の名曲として親しまれている
らしいのもうなづける。


大栗の作品はどれも明快で後味が良い。そして「浪速のスピリット」みたいなものが伝わって
来る。「大阪地方区」ではなく「全国区」としてとり上げられるべき作品である。
オープン予定まであと3か月。「ディスクユニオン大阪店」、ご期待下さい!
★猫丸しりいず第254回
◎シャンカール:シタール協奏曲第1番・第2番、モーニング・ラヴ 他

ラヴィ・シャンカール(シタール)
アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団
ズービン・メータ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

メニューイン(Vn) ランパル(Fl)他
(海外EMI 5865552 2枚組)
前回に続き、インドがテーマ。ただ、今回は正真正銘の「インド」である。
ガンディーやネルーといった歴史的偉人は別にして、私が生まれて初めて意識した
インド人。それは誰あろう、プロレスラーのタイガー・ジェット・シンである。
今は亡き宮崎の祖父がプロレス好きで、よくテレビのプロレス中継を見ていた。
観戦のお供は白砂糖をぶっかけたトマト(笑/私もそうだが、南九州の男は甘いものも
酒も大好き)。当時は馬場、猪木らの「巨匠」が活躍した黄金時代だったが、私が
一発で気に入ったのが「インドの狂虎」シン。上田馬之助との迷コンビも最高で、
どこまでが「狂気」で、どこからが「本気」なのかよくわからない、あたかも「プロレス界
のヘルマン・シェルヘン」みたいな存在感が素晴らしかった。



そして私がシンの次に意識したインド人は、シタールの巨匠ラヴィ・シャンカール(1920~
2012)。今更ご説明不要とも思うが、ビートルズやフィリップ・グラス等々、ジャンルを
問わず多数のミュージシャンたちに影響を与えた超大物。クラシック音楽界の演奏家との
共演も多く、EMIやDGから多くの録音が発売されている今回ご紹介の2枚組は、
彼がEMIに遺した主要な録音を集めたもの。


メインはシャンカール自作の2曲の協奏曲。面白い作品ではあるが、ちょっと「よそ行き」
な感は無きにしもあらず。シタールとオーケストラが「対決」するという感じではなく、
「並進」というイメージ。以前に「猫丸」でとりあげた山田耕筰の「長唄交響曲」同様、
シタールの存在感がデカすぎて、オーケストラが「背景」という感じになってしまって
いるのだ。このアルバムでのキキモノは、この2曲の協奏曲よりもむしろ、ランパルや
メニューインとの共演。


アルバム冒頭の「モーニング・ラブ」。 いきなり時間を超越したようなシタールの響きで
一気にシャンカールの世界に引きずり込まれる。続いて登場するランパルのフルート 、
この登場の仕方が実に見事。シャンカールの世界と完全に一体化しており、名演奏家の
適応力はさすが、と感心してしまう。
メニューインも同様。2曲目の「ラーガ・ピロー」では、タブラやタンプーラといった打楽器陣が
まさにインド的な雰囲気を醸し出す中、シャンカールに対して一歩も引くことなくハイテンションな
猛演をやって見せる。特にエンディング近くの強烈さはもうトランス状態という領域!!。
いや驚きました。メニューインさん 。 もう何時間でもこのまま聴き続けていたいと思わせるほどである。
それにしても、シャンカールは余程の強烈なオーラと哲学を全身から放射する人だったのだろう。
共演者たちをこれ程本気にさせつつ、最終的には自分の世界の中に巻き込んでしまうのは、
まさにカリスマのなせる技。


この演奏は冷房の効いた快適な部屋で聴くよりも、扇風機が生ぬるい空気をかき回すだけ・・
みたいな部屋で汗だくになりながら聴くと、より「インドな気分」に浸れる事、請け合いである。
でも熱中症には注意しましょう・・・・
思うにあのタイガー・ジェット・シンも、個性派外国人レスラーひしめくあの時代において
際立って強烈なオーラと哲学のようなものを放っていた。それはインドという国の独自な文化に
育まれたモノであったのかも・・・。いやはや、インド人恐るべし!
★猫丸しりいず第253回
◎ラモー:組曲「優雅なインドの国々」
フランス・ブリュッヘン指揮 18世紀オーケストラ
(海外DECCA 4757780 ※PHILIPS音源)
神秘と混沌と魅惑の国、インド。


その音楽や文化は英国を中心とした欧州の音楽家(ジャンル問わず)に多大な
影響を与えた事は今さら言うまでもなかろう。


J.S.バッハと同時代に生きたフランスの大家、ジャン=フィリップ・ラモー(1683~1764)
の名曲「優雅なインドの国々」。ラモーの生きた時代のインドと言えば、あのムガル帝国が
絶頂期から徐々に落ち目に差し掛かりつつあった時期(世界遺産「タージ・マハル」は
1650年頃の完成との事)。おお!そんな昔からインドをネタにした作品が!と勇んで
内容を見ると、登場するのは「アフリカの奴隷」「寛大なトルコ人」「ペルーのインカ人」
「ペルシャ」等々・・・。肝心の「インド」が見当たらない。大体曲名もオカシイ。
インドの『国々』(複数形)って一体・・・。謎や驚きは深まるばかり。
まさに「インド人もビックリ」(古い)。


色々と調べてみると、ラモーの時代における「インド」とは、今日のインドを指すのでは
無く、当時のヨーロッパ人にとっての「異文化」を持った、エキゾティックで「未開」な
異国を総称する「記号」のようなものであったらしい。確かにムガル帝国の没落に伴い
欧州諸国がインドの支配に本格的に乗り出すのはラモーの死の直後の時代からであり、
この頃はまだ「黄金のジパング」同様、「インド」に関する具体的な情報は全く不足
していたのだと思われる。


ラモーのこの作品、「オペラ・バレ」という歌って踊って演じて・・・的な総合エンタテイメント
形式の傑作で、今年の5月には日本初演が練馬で行われたらしい。オペラ上演に当たって
華麗なバレエ場面を挿入するのは、その後もフランスのお家芸となるが、その源流は
この形式にあるのだろうか。後の古典派の作曲家たちの「トルコもの楽曲」のような
直接的なエスニック感は無いが、その明快で歯切れ良い音楽は理屈抜きに楽しく、
音楽を聴いているだけで楽しそうな舞台の展開が想像出来る。
ラモーという人はかなりのビッグネームでありながら、永らく本国フランス以外では
ほとんど日の目を見ない状況が続いてい た。ラモーの作品の上演、録音が急激に
増えたのは、ブリュッヘンやクリスティ、ミンコフスキ等々の「古楽系」の演奏家たちの
存在感が高まったCD時代以降ではないだろうか。


昨年他界したブリュッヘン率いる18世紀オーケストラ。彼らは古典派からロマン派に
至るまで数多くの録音を遺したが、正直なところ私には彼らの古典派、ロマン派作品の
演奏は面白いとは思うものの、全面的には賛同出来ない部分もある。その点、この
「優雅なインドの国々」はまさに彼らの本領発揮という感があり、文句なしに楽しめる。


ジメジメ湿った梅雨の日々にウンザリしている貴方。カラッと乾いて爽やかなこの曲は
おススメです。除湿効果抜群!(笑)
★猫丸しりいず第252回
◎カロミリス:管弦楽のための三連画、3つのギリシャ舞曲、交響曲第3番 他
バイロン・フィデツィス指揮 アテネ州立管弦楽団
(NAXOS 8557970)
◎スカルコッタス:弦楽のための7つのギリシャ舞曲
ニコス・クリストドゥル指揮 マルメ交響楽団
(BIS CD904)
今やすっかり欧州の「お騒がせ国家」になってしまった感のあるギリシャ。
最近はチプラス首相の顔や、アテネのシンタグマ広場や国会議事堂の
映像がニュースで流れない日が無い程である。


そのギリシャの作曲家として抜群の知名度を誇るテオドラキスは、既に「猫丸」の
ごく初期でとり上げたが、彼に比べれば知名度は全く低いものの、忘れてはならない
ギリシャの重要な作曲家2人が今回のテーマ。


まずはマノリス・カロミリス(1883~1962)。「ギリシャ国民楽派の父」と言われる男。
ウィーンで音楽を学んだという彼の作品、ワーグナーやR.シュトラウスばりの
後期ロマン派的な「濃い」味わいである。それなりに名前は知られているが、作品を
容易に聴けなかったカロミリス。ご紹介のNAXOS盤も全て世界初録音!の作品
ばかりだが、それが信じ難い程面白い曲が並んでいる。
「管弦楽のための三連画」は20世紀前半のギリシャを代表する大物政治家、
エレフテリオス・ヴェニゼロスの追悼のために書かれた作品(余談ながら飛行機好き
の方には、このヴェニゼロスの名をご存じの方が多いだろう。そう、アテネの国際空港
には彼の名前が冠せられている)。この曲の第2部は葬送行進曲となっているが、
これがまた「特濃」。悲劇的で荘厳ではあるが、「しめやか」な感じは薄い。
火にかけられた鍋の中でグラグラ沸騰する熱湯を見ているような、異様にホットな
「葬送行進曲」である。全曲通してとにかくインパクト充分な作品だ。


朗読を交えたユニークな「交響曲第3番」や、この国とトルコやアラブとの文化的
繋がりを思わせる異国情緒に満ちた「3つのギリシャ舞曲」などなど、どの作品も
色彩的な管弦楽やパワフルな音楽運びに魅了される佳作揃い。地元アテネのオケの
共感のこもった演奏も良い。


もう一人はニコス・スカルコッタス(1904~1949)。彼の作品は、カロミリスとは全く
違うスタイルと存在感を放っている。ベルリンに留学、クルト・ヴァイルやシェーンベルク
に作曲を学び、1933年に帰国。シェーンベルク直伝の無調や十二音技法で書かれた
作品が多く、ご紹介のBIS盤にカップリングされた「ヴァイオリン協奏曲」などは、
まさに「なんちゃってアルバン・ベルク」という趣きの曲に仕上がっている。
しかし彼の作品は当時のギリシャ音楽界においては余りにも尖鋭的、先駆的、急進的で
ありすぎた。結果、生前には全くその作品は評価されず、不遇なままに40歳代半ば
という若さで亡くなってしまった。そんな彼が珍しくも民族的な手法で書いた親しみやすい
名作が、弦楽のための「ギリシャ舞曲」。


この作品、バルトークの「ルーマニア民俗舞曲」のギリシャ版・・という趣きの佳作。
昔、ギリシャの名指揮者ミルティアディス・カリディスがNHK響に客演した際にこの作品
をとりあげ、私はそれでスカルコッタスという作曲家の存在を知った。弦楽合奏という
編成のためでもあろうが「コテコテ特濃」という趣きのカロミリスとはまさに対照的な
スッキリした味わい。アラブ的でエキゾティックな終曲が特に印象深い。
BISはこの作曲家の作品をまとまった数録音しており、そういう点ではカロミリスよりは
(現時点では)恵まれた作曲家である。


ちなみにカロミリスの「交響曲第2番」には「素朴で善良な人々」という副題があって、
これはギリシャ人の事を指すのだ、との事。実際にギリシャの人々(と料理)に接すると
この「素朴で善良」という形容は中々当たっているように思う。そんな人々が「国ぐるみ」
でこれから進んでいかねばならない、恐らくは茨の道の「未体験ゾーン」。
一体どうなってしまうのか、
しばらくはこの国の動向から目が離せない。何があってもギリシャならではの良さは
失ってほしくないのだけれど・・・・。
★猫丸しりいず第251回


◎マニャール:交響曲第2番・第4番
トーマス・ザンデルリンク指揮 マルメ交響楽団
(BIS CD928 ※2枚組)


◎ウェーベルン:パッサカリア、管弦楽のための6つの小品、交響曲 他
ヘルベルト・ケーゲル指揮 ライプツィヒ放送交響楽団
(国内KING KICC3659)

 
今年は第2次大戦終結70周年という事で、例年にも増して「戦争」が話題に
のぼる事が多い。


戦争は無数の無辜の民の命を奪ってきたが、音楽家も無論例外ではない。
第1次大戦に従軍して命を落とした英国の作曲家、バターワースがマニア筋
では有名だが、戦場に赴いたわけでは無いにせよ、戦争のゆえにまだこれから
というキャリアを突然断ち切られてしまった不幸な音楽家もいる。
その代表はウェーベルン(1883~1945)。


彼は第2次大戦の終結後、ザルツブルクの郊外の娘の家に避難し、作曲活動
再開の機会を窺っていた。ところが娘婿が元ナチの親衛隊で、闇取引に
手を出していた(らしい)のが運の尽き。闇取引の摘発のために張り込んでいた
占領軍の米兵に彼は誤射され、61歳で不慮の死を遂げる。彼は新ウィーン楽派
の他の大家、シェーンベルクやベルクがまだロマン派の「残り香」漂う作品を
遺したのに比べ、より研ぎ澄まされた凝縮度の高い作品を遺し、後の作曲家
たちに多大な影響を与えた人だけに、こんな形で落命する事無く、もう10年、
15年と続けて活動出来ていたらその後の音楽史は変わっていたかもしれない。
まさ に「覆水盆に返らず」。音楽史上有数の痛恨事と思う。
ウェーベルンの作品のユニークすぎる名盤がケーゲル盤。この連載で繰り返し
述べているように、私は巷の「ケーゲル=猟奇的爆演指揮者」みたいなイメージ
は余りに一面的に思えて同調出来ないのだが、この1枚は紛れもない「爆演盤」
である。ウェーベルンという「爆演」の対極にあるような作曲家の作品をここまで
「沸騰」させてしまうとは・・・。怒りを叩きつけるような「パッサカリア」や「6つの小品」
には唖然とするばかり。「ウェーベルンってあまりに断片的で、何やってんだか
良くわからない」とお感じの方に特におススメの1枚である。


戦争が原因で無残な死を遂げた作曲家と言えば、もう一人、アルベリック・
マニャール(1865~1914)を挙げないわけにはいかない。4曲の交響曲や
ヴァイオリン・ソナタがフランス音楽好きにかろうじて知られているこの人。
第1次世界大戦が勃発した時、彼はフランス北部バロンの山荘に滞在していた。
彼は妻子を疎開させたが、自分自身は山荘に留まる。結果的にはこれが命取り
となってしまった。彼は山荘に侵入してきたドイツ兵たちと争いになり、銃を持って
抵抗。ドイツ兵2人を射殺したが、反撃にあって自らも銃弾を受け、更には山荘に
放火されて焼死してしまう。まるで「太陽にほえろの殉職刑事」級の壮絶な最期で、
彼は50歳にも満たず非業の死を遂げる。


マニャールはパリの裕福な家庭に生まれ、フランクやワーグナーに強い影響を
受けた・・という点で10歳先輩のショーソンとよく似ている。しかし、ある種のアブなさ、
「生臭さ」が漂う(そしてそれが魅力的な)ショーソンの音楽と、マニャールの音楽は
かなり趣が違う。マニャールの交響曲を聴くと、とにかく真面目一徹で構成はガッチリ
としており、対位法的な書法と言い、師匠と仰ぐフランクを更に上回る「厳格」な印象
を受ける。私はアンセルメ晩年の名盤「交響曲第3番」で、彼の作品に初めて接したが、
その独特な味わいに強い印象を受けた。彼の作品は決して「とっつきやすい」とは
言えないが、忘れられるには惜しい。フランクやショーソンが好きな方には特に
ご一聴をおススメする。代表的な録音であるプラッソン盤が現在入手困難な模様
なので、クルトの息子、トーマス・ザンデルリンクによるBIS盤をご紹介する事とした。


危険を承知で山荘に留まり、踏み込んだ侵略者に一歩も引かずに対峙した挙句、
命を落とした「一徹男」マニャール。そんな男が生み出した事が頷ける、一徹な作品
が再評価される事を強く望みたい。
★猫丸しりいず第250回


◎ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番・第5番「皇帝」
エミール・ギレリス(P)
レオポルド・ルートヴィヒ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
(TESTAMENT SBT1095)


◎チャイコフスキー:交響曲第5番
レオポルド・ルートヴィヒ指揮 ハンブルク国立フィルハーモニー管弦楽団
(国内DENON COCQ84442)
オッテルローをとりあげた前回の結びで、「埋もれた名匠の救出とご紹介に
尽力する」と宣言したが、早速、そうそうこの人「救出」しなくちゃ・・・と脳裏に
浮かんだ名指揮者がいる。その人の名はレオポルド・ルートヴィヒ(1908~
1979)。


この名前を聞いて、「ああ、そんな人いたっけなあ」という感想を持てる方は
恐らくほとんど私と同年代以上のおぢさん世代だろう。典型的な「廉価盤の
指揮者」であり、昔私も彼がロンドン響を振った「新世界」のレコード等をよく
レコード屋の店頭で見かけた。そして、比較的入手しやすい音源のほとんど
が「協奏曲」の伴奏指揮者としてのもの・・・という点で、以前当猫丸で
とり上げた指揮者、アルチェオ・ガリエラと似た存在の人でもある。


彼はオッテルローと生没年がほぼ同じで「カラヤン・朝比奈世代」の人。
現チェコのモラヴィアに生まれ、歌劇場叩き上げでキャリアを築き、1951~
1970年の長期、ハンブルク歌劇場の音楽総監督として活躍した。録音の数は
「少ない」とは言えないが、前述のように「伴奏系」の音源ばかりが残り、
彼が「主役」の録音が永らく入手困難な状態が続いた事で、すっかり影の
薄い存在となってしまった。


その「伴奏系」音源でチェルカスキー&ベルリン・フィルと共演したチャイコフ
スキーの「ピアノ協奏曲第1番」(DG)と共に最もポピュラーな存在と思われるのが
1957年録音のギレリスとのベートーヴェン。何と言ってもギレリスの若々しく
しなやかな名演が印象に残る1枚だが、「堅牢」という感じのルートヴィヒの
サポートぶりも中々である。しかし、この1枚では「指揮者ルートヴィヒ」の真価を
知るには物足りない。欲求不満状態だった私に、あたかも干天の慈雨の如く
降り注いだのが2008年にコロムビアから発売された「オイロディスク・ヴィンテージ
コレクション」のシリーズ。この中にルートヴィヒ指揮の(しかも彼が「主役」の)
音源が何点か入っていたのである。まさに狂喜乱舞とはこの事であった。


手兵のハンブルクのオケを振った「チャイコフスキーの5番」や「ブラームスの
1番」を聴いて、即座に私の頭に浮かんだのは「粗にして野だが卑ではない」
というあの名言である。細部まで磨き抜かれ、透徹した演奏・・という感じとは
かなり違う(そういう演奏が「息苦しい」と感じる方には特におススメだ)。
思い切り「普段着」という趣きで、荒削りこの上ないのだが、「粗雑」とは
全く違う。口調はやや荒いが、その話芸にどんどん引き込まれてしまう噺家
さん・・・、そんな感じなのだ。オケを豪快に鳴らし、細部にこだわりすぎる事
無く勢いよく進めていくが、それでいて音楽の「核心」の部分は決して外さない。
まさに「現場叩き上げの名匠」ならではと言える、素晴らしい演奏だ。
ちなみに1960年、彼が50代前半の「働き盛り」の頃の録音である。
余談だがこの盤、同じオケをアメリカの指揮者トーマス・シャーマンが振った
「イタリア奇想曲」の名演がカップリングされており、まさにマニア感涙の
逸品である。


残念ながらこのシリーズ(他に「悲愴」やベートーヴェンの「第9」も出た)は
短期間で入手困難になり、名匠ルートヴィヒの再評価の狼煙をあげるには
至らなかった。一昨年にはEMIからローテンベルガーが主役を歌ったベルクの
「ルル」が復活し、ルートヴィヒ好きの溜飲を大いに下げたが、これまた短期間で
入手困難に・・・ この手の音源は「見つけたら即ゲット」が鉄則だ。
「埋もれた名匠 救出シリーズ」は今後もまだまだ続きます・・・・。
★猫丸しりいず第249回
 
◎ベルリオーズ:幻想交響曲

 ウィレム・ファン・オッテルロー指揮 シドニー交響楽団
(豪ABC 4765957 ※廃盤 「シドニー交響楽団創立75周年記念セット(5枚組)」)

 
◎フランク:交響詩「アイオリスの人々」・交響曲ニ短調

 ウィレム・ファン・オッテルロー指揮 アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(蘭PHILIPS 442296-2 2枚組)


私の「名演奏家との出会い」はつくづく偶然が多いと思う。
以前に「猫丸」でとりあげた、怪人指揮者シルヴェストリとの出会いはその典型例だが
(詳しくはhttp://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/945/)、オランダ出身の
不遇の名指揮者、ウィレム・ファン・オッテルロー(1907~1978)との出会いも、
シルヴェストリ同様、中学校の音楽室であった。


音楽室の教材用の棚に置いてあったレコードの中に、ビゼーの「カルメン&アルルの
女」組曲のグラモフォン盤を見つけた。演奏者を見ると「オッテルロー指揮 ハーグ・
レジデンティ管弦楽団」。誰?この人たち? グラモフォンってカラヤンとかベームだけ
じゃなくて、こんなマイナーな人(失礼)ともレコード作っているのか、とその時は思った。
聴かせてもらうと、これが中々小気味よい名演奏ではないか。私は俄然このオッテルロー
という指揮者に興味が湧き、レコード屋で彼の録音を捜索。見つけたのがフィリップスの
廉価盤で出ていたベルリン・フィルとの「幻想交響曲」。しかしライナーを見ると1951年の
古いモノラル録音とわかり、購入を断念。当時の私の可処分所得では、廉価盤とは
言えモノラル盤に手を出す余裕は無かった。モノラル時代の音源が宝の山と気付くのは
おぢさんになってからである。


高校生の頃には、このオッテルローという人がオランダの代表的な指揮者の一人である、
位の情報は得ていたが、ここで新たな疑問が発生。そういうポジションの名指揮者なのに
オランダの名門アムステルダム・コンセルトへボウ管との録音が全然見当たらない。
それどころか、最近(と言っても当時の1970年代だが)の録音もまるで見当たらない。
どうしてこんな事になっているのだろう?


1959年に名指揮者ベイヌムが還暦にもならない若さで急死し、コンセルトヘボウ管の
首席指揮者の座が空いた時、「後を継ぐのは俺しか居ない」とオッテルローが思った事は
想像に難くない。しかし、実際にはそうはならず主席の座に就いたのは、当時まだ30歳
そこそこの「若造」だったハイティンク。実績からいっても順当と思われたオッテルローが
なぜこのポストを射止められなかったのかについては様々な説、憶測があるようだ。
単に「楽員との相性が悪かったから」というものから、「ナチ政権下でのドイツでの演奏活動
が問題視されたから」というものまで・・・。ナチ政権下での活動が問題視されて戦後逆風に
晒されたオランダ出身の名指揮者と言えば、パウル・ファン・ケンペンが思い出されるが、
オッテルローも同じ境遇だったのか。


結局オランダで頂点を極める事の叶わなかった彼が晩年活躍の舞台とし、また、結果的に
最期の地ともなってしまったのはオーストラリアである。彼は1971~8年までシドニー響の
指揮者を勤め、十八番の「幻想交響曲」を筆頭に、「春の祭典」やベートーヴェンの交響曲等
様々な録音を遺したが、それらは豪州以外で日の目を見る機会はほとんど無く、今回
ご紹介の盤のように、オーケストラのアニヴァーサリーBOXの中で細々と出回るにすぎない
状態が続いている。誠に痛恨事だったのは、彼が1978年にメルボルンで自動車事故により
不慮の死を遂げてしまった事。これにより、彼がシドニー響と進めていたベートーヴェンの
「交響曲全集」は5曲で途絶してしまった。これが完成されていたら・・・。残念というほか無し。


そしてもう一点、ありがちな「フランク名曲集」の中に埋もれているのが、彼がコンセルトヘボウ管
を振った本当に貴重な録音。「貴重」というばかりでなく、これが中々名演である。事の運びに
よっては数多くの名録音を遺した事になったかもしれないこの顔合わせ。一体、この録音の時に
オッテルローの胸中にはどんな感情が渦巻いていたのだろうか。
四半世紀近い永きに亘って主席指揮者を勤めたハーグのオケとの録音は、それなりに復刻
されて日の目を見ているが、是非シドニー響との一連の録音も復活させてほしいと思う。


今更ながら思うのは、戦後から1970年代頃までに活躍した指揮者たちの多士済々ぶりと
、層の厚さである。結果、このオッテルローのように実力ある名匠ながら今日埋没してしまって
いる人が少なからず存在している。これからも「猫丸」は「埋もれた名匠」の「救出とご紹介」に
全力尽くして参ります!