猫丸しりいずのカテゴリー記事一覧

★猫丸しりいず第278回

◎シューベルト:交響曲第1番~第4番
ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
(豪DECCA ELOQUENCE 4803291)
ある音楽家に対するイメージは、その聴き手の年代によって全然違ってくる。
当たり前の事ではあるが、結構忘れがちな事柄でもある。
それに気づかせてくれたのが、ズービン・メータ。

先日20~30歳代のクラシック・リスナーと話をした時に、メータという指揮者に
対するイメージが、私の持っているそれとあまりにも乖離している事に驚かされた
のだ。恐らくは1990年代後半以降にクラシック音楽を聴き始めた彼らにとって、
メータは「色々やっているけど、今一つよくわからない指揮者」のようなのである。
キツイ言い方をしてしまえば「影の薄い何でも屋さん」的イメージなのだろう。

私がクラシックに本格的に「開眼」した中高生の頃、すなわち1970年代後半の
メータはまさに「飛ぶ鳥を落とす勢い」だった。DECCA(当時は「ロンドン」だったが)
からは毎月のように新録音が発売され、ファンの話題をさらっていた。
「完璧無比」なショルティ&シカゴ、クールなマゼール&クリーヴランドという同時期
のDECCAのスターたちに比べると、メータ&ロサンゼルス・フィルの演奏は幾分
「やんちゃ坊主」という趣きではあったが、その輝かしさと躍動感には有無を言わせぬ
魅力があった。マーラーの「3番」「5番」、「ツァラトゥストラ」「春の祭典」「惑星」
「スターウォーズ組曲」、「シェエラザード」、エドガー・ヴァレーズの管弦楽曲集、
チャイコフスキーやドヴォルザークの交響曲・・・。
1960年代後半~1970年代にかけて彼らの残した名盤はまさに枚挙にいとまが無い。
30~40歳代というまだ「駆け出し」と言える年齢で、ロス・フィルの他、ウィーン・
フィルやイスラエル・フィル等とも多数の名盤を生み出していたメータ。しかし、
1980年代後半には、残念ながら彼の存在感は非常に薄れてしまった。

上記の過程をリアルタイムで辿った私には、メータの輝かしい時代を知らない若い
世代の聴き手が、彼に対してあまり「冴えない」イメージを抱いている事は不思議には
感じられない。大きな期待を担って着任したニューヨーク・フィルで目立った功績を
残せなかった事が後々まで響いてしまったのだろうか? それだけでは無いように
思う。暴論かもしれないが、ニューヨークへの「栄転」に伴ってDECCAを離れてしまった
事。これがメータにとって最大の失策だったのでは・・と私は感ずる。

「演奏家の長所を存分に引き出す音づくり」という点において、20世紀後半のDECCAは
本当に凄かった。メータに関しても、ロス・フィルとの録音は男性的でマッチョな輝かしい
サウンド、イスラエル・フィルとの録音はしっとりとした落ち着いたサウンド・・という感じに
「どの曲目をどのオケと録音するか」という部分も含めて考え抜かれた仕事ぶり。
音楽ソフトという商品は演奏家と制作スタッフの共同作業のたまものである、という事を
メータのDECCA録音は改めて認識させる。ニューヨーク・フィルへの着任と共に、彼の
録音はCBS SONYから出る事となる。最初期の「展覧会の絵」「ペトルーシュカ」
「英雄の生涯」等の録音にはまだDECCAとは違う意味で「攻め」の姿勢が感じられて
先行きに期待を抱かせたのだが、時間が経つにつれて方向性が定まらなくなり、
その後のTELDECやEMIへの録音もメータの持ち味を生かしているようには思えなかった。
当時の楽団とレコード会社の繋がりの強さは今日のそれとは比較にならず、止むを
得なかったのかもしれないが、ニューヨークに移ってからも彼がDECCAとの録音を
続けていてくれたら・・・という思いは私から離れる事が無い。

メータのDECCA録音の中で最近聴き直して、オッ中々良いな、と再認識したのが
シューベルトの交響曲。どうしても「ド派手系」の曲目が目立つ彼のDECCA録音の中では
このシューベルトの「交響曲全集」は初出時からあまり目立った存在では無かった。
しかし、メータの恰幅良い指揮とイスラエル・フィルの美しい響きが上手く融合したこの
全集は独特の魅力を放っている。中でも日頃軽くあしらわれがちな「4番」までの4曲が
秀逸。若干「立派過ぎる」きらいもあるが、「2番」「4番」などは曲そのものの価値が
上がったような感じがする程だ。

30歳代以下の若いリスナーの皆さんに、中高年世代を代表して?不肖猫丸からの
メッセージを・・・。是非1960~70年代のメータの録音を聴いて欲しい。
こんなワクワクする演奏を連発する「インドの星」だったのだ。メータは。
★猫丸しりいず第277回


◎トッホ:交響曲第3番


ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団
(EMI MATRIX 65868 ※廃盤)
アメリカのオーケストラは面白い。


いわゆる「ビッグファイヴ」の他にも優秀なオケが多々あるが、中でも存在感が
大きいのがピッツバーグ響。ピッツバーグという都市は工業都市というイメージが
強く、有名観光地があるわけでも無く、地味な大都市という印象だが、そこに
世界的レヴェルの楽団が存在するのは不思議にも思える。しかもライナー、
プレヴィン、マゼール、ヤンソンス・・と歴代指揮者も豪華な顔ぶれが並んでいる。


この楽団をまず鍛え上げたライナーと共に、音楽面においても財政面においても
多大な貢献をした名指揮者。それが今回の主役スタインバーグ(1899~1978)。


ケルンで「ヴィルヘルム・シュタインベルク」として生まれたユダヤ系ドイツ人。
この年代のユダヤ系音楽家の多くと同様、ナチの台頭でドイツを追われ、
パレスチナに逃れてイスラエル・フィルの創設指揮者(当時はパレスチナ響)を
務めた後、トスカニーニの招きで渡米しその後アメリカを拠点に活躍という
道筋を辿る。そして1952年ピッツバーグ響に就任し、晩年の1976年に退任する
まで約25年の長きに亘って君臨した。1950~60年代にはキャピトル・レーベルを
中心に大量の録音を遺し、優秀な音質と活力溢れる名演の多いそれらの音源が
このところ再評価されているのは嬉しい。


アメリカのオーケストラの運営は、地域の企業や個人の寄付によって支えられて
いる部分が大きい(それ故、経済危機等で寄付の額が一気に落ち込むと、
フィラデルフィア管のように楽団存続を危うくする財政危機に陥る事にもなる)。
その点においてピッツバーグ響を支えているのは、この都市を拠点とする2つの
財閥、鉄鋼のメロンと食品のハインツである(現在でもそうなのかはわからないが)
。ハインツはトマト・ケチャップ等のブランドとして日本でもお馴染みであろう。
スタインバーグはこの2つの大財閥と非常に良好な関係を保っていたらしい。
彼がピッツバーグの繁華街でハインツの先代の社長(当時/H.J.ハインツ2世)
と偶然会って立ち話をした際、「ハインツさん。どうもウチのオケのホールの音響が
イマイチでね・・」とぼやいたところ、それが発端となり、ハインツ氏の資金で
ダウンタウンの劇場を改修。それが今でもこのオケの本拠として親しまれている
「ハインツ・ホール」なのだそうだ。中々凄い話ではないか。


さて、スタインバーグ&ピッツバーグの幾多の名録音の中で、極めて地味な存在
ながら個人的に「これは外せない」と思うのが、エルンスト・トッホ(1887~1964)の
「交響曲第3番」。このコンビによって初演され、1956年にピューリッツァー賞を
受賞した名作である。日本では一部マニア以外には全然と言って良い程知られて
いないトッホ。オーストリアの生まれだが、ユダヤ系であったためにナチの政権掌握
に伴い米国に亡命。その後はカリフォルニアを拠点に活躍し、純クラシックの作品
の他ハリウッドの映画音楽も手掛けた人。何だか彼の10年後輩のコルンゴルトを
つい連想する経歴の持ち主である。トッホ の音楽に初めて接したのは、大昔に
当「猫丸」の第94回でネタにした珍曲「創世記組曲」(詳しくはコチラを・・・
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/897/)。こんな作曲家がいたのか!
と感銘を受けた私はすぐさま彼の「交響曲全集」を入手。彼の7曲の交響曲は
60歳を過ぎてからの「晩年」に集中して作曲されている。その音楽は「前衛的」な
色彩は無く非常に聴きやすい。コルンゴルトのように気の利いた美しい旋律で
聴き手を酔わす・・という事は全く無いが、ゴージャスで色彩的ながら整理された
スッキリした響き・・・という点には大きな共通点を感じる。言わば「超辛口の
コルンゴルト」という趣きか。コルンゴルトがこれだけ盛大に再評価されている中、
トッホが作品はおろか、名前すら全然知られていないという現状は寂しすぎる。


スタインバーグがこの作品の初演を引き受けた経緯は寡聞にして知らないが、
ナチの台頭によって欧州から追われ、新大陸で活躍という共通した境遇に
スタインバーグが大きな共感や使命感を持って演奏に取り組んだであろう事は
想像出来る。それにしても、もしナチス・ドイツが無かったら、第2次大戦が無かったら
20世紀のクラシック音楽史、演奏史は一体どうなっていたのだろうか?・・・・
★猫丸しりいず第276回

◎デュカス:ラ・ペリ
 フャリャ:ハープシコード協奏曲・三角帽子(全曲)
ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
キプニス(ハープシコード)
(SONY SMK68333)
昨年暮れから最近にかけて、指揮者の訃報が相次いだ。前々回にとりあげたマズアの
他、パイタやキャプランといった個性派、そして今度はブーレーズである。
20~21世紀のクラシック音楽界において彼のもたらした影響は、作曲家としても指揮者
としてもまさに絶大なものがあり、それを多方面から取り上げる事は限られたスペース
では不可能である。そこで、不肖猫丸は彼の業績を一点に絞って偲びたい。それは
「ニューヨーク・フィルとブーレーズ」。


「指揮者ブーレーズ」の業績は、CD時代になってDGに遺した大量の録音の印象が今日では
どうしても目立つ。しかし私は断言したい。「指揮者ブーレーズの本当の凄さはニューヨーク・
フィルとの共演盤にあり!」。彼がバーンスタインの後任として1971年にニューヨーク・フィルの
指揮者に就任した時の周囲の「驚き」を想像するのは容易い。マズアの時もそうだが、
このオケはこういう「アレ!?」という戸惑いを呼び起こす人選をする。
彼は保守的なニューヨークの聴衆にはウケがイマイチだったようで(近現代の作品をとりあげ
すぎたらしい)、1977年までの短期政権に終わってしまうのだが、その間に遺された数々の
録音はとにかく超弩級の名盤ばかりである。「火の鳥」「ペトルーシュカ」「ダフニスとクロエ」
「中国の不思議な役人」「ルーセルの交響曲第3番」・・・、やや変わり種としては「水上の音楽」
や「王宮の花火の音楽」。とにかく「本気」を出した時のニューヨーク・フィルの凄さを強烈に
印象づける鮮烈な名演ばかりだ。勢いはあるが粗い演奏の多いバーンスタイン時代のこの
オケとは見違えるような締まった演奏ぶりに、ブーレーズが相当「鍛えた」事が窺える。


そして今回の一枚は、この名コンビの、いや指揮者ブーレーズのベスト録音の一つと
不肖猫丸が確信する逸品である。冒頭の「ラ・ペリのファンファーレ」にまず度肝を抜かれる。
NYPの金管の名手たちの奏でる、惚れ惚れとする程の輝かしいファンファーレ!当時CBSが
力を入れていた4チャンネル録音の、良い意味で「人工的」な音づくりも演奏にピッタリマッチ
している。続く「ラ・ペリ」の本編?もハッとする程の繊細かつ明瞭な演奏で、曖昧さの全く無い
磨き抜かれた響きに、このコンビの底力を思い知らされる。


そして「三角帽子」。これがまた凄演! 「スペイン臭ムンムン」という演奏で無いのは予想通り
だが、「クール過ぎて砂を噛むような味気ない演奏」では無いのがサスガである。元々この
「三角帽子」はディアギレフのロシア・バレエ団のために生まれ、舞台や衣装のデザインを
パブロ・ピカソが担当した作品。そういう、この作品の「生い立ち」をイヤでも思い出させる名演
である。「クールで理性的な響きと、スペインらしい熱狂を両立させる」という、この曲の
「離れ業」とも言える境地を最高の形で提示してくれるこの録音があまり知られていないのは
惜しい。


個人的に狂喜乱舞なのが、ファリャの隠れ傑作「ハープシコード協奏曲」をこの名コンビが
とりあげてくれた事だ。これはブーレーズのリクエストだったのだろうか?
今や伝説の名奏者、ワンダ・ランドフスカの委嘱によって書かれた作品で、いかにもファリャ
らしいストイックな書法と、どことなくロドリーゴの「アランフェス協奏曲」を連想させる、乾いた
スペイン情緒と、飄々として一種の「脱力系」と呼びたい味わいが同居した名作である
(ただ、ランドフスカはあまりこの曲が気に入らなかったらしく、初演はしたものの、後は全然
弾かなかったという笑えるエピソードもある)。ソリストのキプニス共々、これまた明晰で
冴え渡った名演を聴かせてくれる。


DGとの一連の録音では「普通の大指揮者」になってしまった?感のあるブーレーズ。
個人的にはニューヨーク・フィル時代を含めたCBSへの、あたかも聴き手を挑発するような
「尖った」録音が好きである。既に存在感が薄くなりつつあるCBSへの録音が、今後ますます
忘れ去られてしまうのだとしたら残念だ。ぜひこの機会に多くの方に1960~70年代の
「攻めてるブーレーズ」を再度賞味の上、この偉大な音楽家を偲んで頂きたい。
★猫丸しりいず第275回

◎モーツァルト:交響曲第31番「パリ」、第33番、第34番
ペーター・マーク指揮 パドヴァ・ヴェネト管弦楽団
(独ARTS 47398-2)

◎メンデルスゾーン:最初のワルプルギスの夜
ペーター・マーク指揮 トリノRAI交響楽団・合唱団 他
(独ARTS 43042-2)
当「猫丸」も足かけ8年目に突入。

連載の中で本当に多くの演奏家たちをとりあげてきたが、改めて実感するのは
「人生いろいろ」。

敵をつくろうが「地位」や「名誉」目指して驀進!という人もいれば、そういう世界
に疲れて独自の道を歩む人もいる。無論これは各人の人生観やキャラクターの
反映であり、どちらが良いとか悪いとか、そういう事柄では無いのだが。
「独自の道系の名匠」としてすぐに頭に浮かぶのは、以前「猫丸」に登場した
アンドレ・ヴァンデルノートと、そして今年(2016年)没後15年となるペーター・
マーク(1919~2001)。マークが逝って15年・・・ もうそんなに経ってしまったのか、
というのが偽らざる実感。

私は彼のステージに1度だけ接した事がある。それは1990年の東京都響の年末の
「第九」公演。いわゆる「年末の第九」は「餅代稼ぎのお仕事消化」的な演奏に
ぶつかるケースも(当時は)少なくなく、私は敬遠気味だったのだが、あのマークが
指揮とあっては興味津々。加えて会場がオープンしたばかりの池袋の東京芸術
劇場という点にも惹かれて、聴きに行った。これが実に名演だった。
「お仕事消化」とは対極と思える、実に丁寧な演奏ぶり。彼はフルトヴェングラーの
推薦で出世街道を歩み出した人だが、どことなくフルヴェンの影響を感じさせる
演奏で、特に第3楽章は素晴らしかった。雄渾でスケールが大きいのにどこかリリカル
という中々聴けない「第九」。マークは名指揮者だと確信させるに充分だった。

都響への度重なる客演等で、このスイスの名匠の生のステージに接する機会の
多かった日本の聴衆は、ある意味かなりラッキーだったと思える。と言うのも、
マークは1970年代以降の活動の場はイタリアや南欧、母国スイス等のローカル・
オケが中心となっていて、華やかな「表舞台」に立つ機会は限られていたからである。

彼はピアノをコルトーに、指揮をアンセルメに師事し、前述のようにフルヴェンの
後押しで表舞台に出たという実に恵まれたキャリアの持ち主で、その才能はすぐに
注目を集め、たちまち売れっ子となる。モノラル期からステレオ初期にかけて
DECCAに録音した名録音は未だに高い人気を保っている。傍目には順風満帆に
思える状況だったが、マークはそうした「商業的な成功と多忙」に疲れ、疑問を感じ、
「純粋に音楽の世界に立ち戻りたい」と瞑想の世界に入る事を決意。初めはギリシャ
の修道院に、そして1962年から2年に亘り、香港の禅寺(どこだろう?)で修業した後、
音楽界に復帰。ウィーンのフォルクスオーパーの指揮者を務めた後は、スイスや
南欧のオケを中心に地味ながら充実した活動を続ける。

マークの「音楽人生後半」の音源はVOXやCARLTONから細々と出ていたが、晩年に
至ってARTSレーベルが彼に着目し、多くの新録音や放送音源を商品化した。
その中で特に存在感を放っているのが、モーツァルトとメンデルスゾーンという彼に
とって最も重要な作曲家2人の作品。モーツァルトの「40&41番」には独特のクセが
あって好みは分かれそうだが、31、33、34番を収めたご紹介の1枚はややB級だが
おおらかなオケの響きが中々心地良い名演奏。トリノのオケと共演した「最初の
ワルプルギスの夜」も、その淀みない流れが爽やかな印象を残す。このカンタータ、
メンデルスゾーンがイタリアで書いた作品らしいが「隠れ名作」と呼べる佳作だ。
他にルガノのスイス・イタリア管を振った「新世界」のDVD(ライヴ)も素晴らしいのだが、
入手困難になって久しく、ご紹介出来ないのが残念。その「新世界」に顕著だったの
だが、マークの演奏は強い筆圧でキッチリ書かれ、雄渾でありながら、爽やかで
息苦しさの無い絵画・・・という趣きのものが多い。自分の聴いた「第九」の実演も
まさにそうだったが、他に中々類を見ないこの名匠ならではの味わいである。

音楽産業全盛時で膨大な量の商業録音の行われた1960~80年代が活動の
中心になったにも関わらず、あえて「商品」をほとんど供給しなかったマーク。
しかし没後15年経っても忘れ去られる事無く、地味ながら熱い支持を保つマーク。
自分に正直に人生を送ったこの名匠。幸せな男なのかもしれない。
またも実感「人生いろいろ」。
★猫丸しりいず第274回


◎ブルックナー:交響曲第7番
クルト・マズア指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
(APEX 2564659422)


◎ガーシュウィン:キューバ序曲、「ポーギーとべス」組曲 他
クルト・マズア指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(国内キング KICC3569)
クルト・マズアが昨年(2015年)末に死去した。享年88。
ドイツARDテレビのニュースはこの訃報をトップニュースとして伝えていて、
この巨匠のドイツにおける存在感の大きさを強く感じさせた。


読売日本響の名誉指揮者も務め、日本とも縁が深かった人にも関わらず、
マズアは一般的な意味での「人気」が高かった人とは言い難い。しかし、
当「猫丸しりいず」の記念すべき?第1回を飾ったのは他でもないマズア指揮
のブルッフの「交響曲全集」であり、彼の訃報に接して「猫丸」がマズアの功績の
総括をしない、というのは、まさに「あり得ない」話である。


マズアという指揮者は、その音楽家としての業績よりも「無血でドイツ統一が
成し遂げられた事に関する功労者の一人」として讃えられる事が多く、この度の
訃報についてもその点は強く感じた。彼は1989年にライプツィヒで民主化を要求
する市民のデモに弾圧の姿勢を示した当時の東ドイツ政府当局に対し、
武力行使を避け、平和的解決を求めるメッセージを発し、それが奏功してあの
ベルリンの壁崩壊に繋がる東西ドイツの平和的な統一が達成されたという評価
が今日では一般的だ。ただ、このマズアの行動は今でこそ「偉業」という見方が
定着しているが、当時は毀誉褒貶相半ばだったような記憶が私にはある。


マズアの経歴の中で非常にユニークなのは、ライプツィヒとニューヨークという
対照的な都市の名門オケを長期に亘って務めあげた点。何と言っても1991年に
メータの後任としてニューヨーク・フィルの音楽監督に就任したのには驚いた。
しかし彼は、誰がやっても難しいこのポストを十年以上に亘って無難に勤め上げ、
テルデックを中心に多くの録音を遺した。ただ、あまりマズアの熱心な聴き手では
無かった私は、このコンビの演奏にあまり積極的には接してこなかった。


マズアの訃報に接し、彼の演奏を改めて色々聴いてみた。そして、正直言って、
マズアの事を見直した。やはりこの人、名指揮者であった。
今回とりあげたブルックナーとガーシュウィン。オケと曲目の組み合わせが
「逆向き」なのがポイントである。摩天楼のブルックナーと東独のガーシュウィン
・・・。だが、マズアはオケに決して無理をさせずに各々の持ち味を生かしながら、
しかもスタンダードな名演をやらせているのである。中々老獪だ。
ブルックナー「7番」は確か1991年のニューヨーク・フィルへの就任の「お披露目」
コンサートのライヴだったと思うが、オケの機能美を活かしながらも浮薄になる事< /div>
無く、ドッシリとした「安心して聴けるブルックナー」になっているのに感心する。
このコンサートの評判が非常に良く、彼のニューヨークでの「長期安定政権」の
礎となったという話を聞いた事があるが、それが頷ける秀演だ。


一方のガーシュウィンは1974年の録音。「キューバ序曲」の意外なノリの良さに
驚いてしまう。「ポーギーとべス組曲」はロバート・ラッセル・ベネットによる
「交響的絵画」とは別の、ガーシュウィン自身が1936年に作ったヴァージョンで
演奏されているが、これまた中々の名演。アメリカのオケのような乾いた機能美、
明快さは無い代わりに、何とも言えないまろやかで温かい味わいが心地良い。

 
他にも色々マズアの録音を聴いての総合的な印象は、前述のブルックナーに
通ずる「安心して聴ける、平均点の高い秀演が多い」という事。際立った特色は
薄いが、曲自体の「うまみ」を無理なく引き出し、物足りなさを感じさせない。
ただ、その点が彼の一般的な人気が盛り上がらずじまいになってしまった一因
でもあるのだろうが・・・。


ともあれマズアさん。激動の時代を生き抜き、それぞれのポジションでキッチリ
成果を遺した人生でしたね。そして何より「ブルッフの交響曲」を発掘し、
世の中に広めた功績は「猫丸賞」を進呈したい大偉業です。
本当にお疲れ様でした。
★猫丸しりいず第273回


◎アンダーソン:橇すべり、ブルー・タンゴ 他(名曲集)
(国内DENON/VANGUARD COCQ83883)
◎ブロッホ:アヴォダート・ハコデシ(「神聖祭儀」)
(海外EMI 4563192 ※2枚組 廃盤)


モーリス・アブラヴァネル指揮 ユタ交響楽団 
一昔、いや、ふた昔前は特定のオーケストラと何十年という長きに亘って
コンビを組み、まさに「金字塔」と言ってよい業績を上げた指揮者が存在した。
アンセルメ、ムラヴィンスキー、オーマンディ等々・・・。


しかし、彼らの音源が日本で広く親しまれているのに比べ、全く残念な程に
地味な存在に甘んじている名指揮者がいる。2016年一発目の「猫丸」は
その男、モーリス・アブラヴァネル(1903~1993)にご登場頂く。
「歴史的巨匠」というような人では無いかもしれないが、彼とユタ響の名コンビ
は、個人的には決して忘れたくない存在である。


アブラヴァネルは、現ギリシャの有名な港町テッサロニキの生まれで、幼い頃
スイスのローザンヌに移住。何とその時アンセルメが同じ住宅に住んでいて、
少年アブラヴァネルを可愛がり、作曲の手ほどきをしたらしい。
アブラヴァネルは駆け出しの頃はドイツを中心に活動していたが、ユダヤ系で
あったために、ヒトラーが政権を握ると当時「弟子入り」していたクルト・ヴァイル
に従い1933年にパリに亡命。その年にヴァイルの代表作の一つ「七つの大罪」
をパリで初演している(この事に関しては、昔「猫丸」で「七つの大罪」をテーマに
した際に触れた事がある。詳しくはhttp://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/793/)。


その後、彼は豪州を経て1936年にメトロポリタン歌劇場からの招きで渡米。
そこそこの活躍はしていたが、「自分が常勤出来るオーケストラ」を熱望した彼は
1940年に設立されたユタ交響楽団の指揮者に応募。学生オケに毛の生えた程度
だった楽団を根気良く指導し、アメリカ有数のオケにまで育て上げた。


この名コンビと私との出会いは例によって全く偶然であった。アンダーソンの
名曲集のレコードを探していて、たまたま見つけて入手したのが彼らによる演奏
だったのである。当時高校生の私は無論彼らの事など全く知らず、ただ安かった
から購入したにすぎなかった。聴き始めての第一印象は「野暮ったい」。
最初に入っている「橇すべり」からして、スマートとかスタイリッシュとかいう世界
から遠い「田舎臭さ」が漂っている。全部で15曲が収められているが、基本的に
どの曲を聴いてもその印象は変わらなかった。では二流でつまらない演奏なのか
と言うと、これがそうではない。「手作り感炸裂」という感じの、独特の温かみを
持った捨て難い味わいの演奏なのである。アンダーソン名曲集にはその後もっと
洗練された「高性能」な演奏も色々出ているが、私は未だにこの盤の「不器用な
暖かさ」がお気に入りである。


彼らの録音はヴァンガードを中心にVOX等の米国のレーベルに集中している。
それゆえ彼らの音盤が日本でも比較的容易に入手出来るようになるには、CD時代
を待たねばならなかった。ある日、彼らの「マーラー交響曲全集」をCDショップの
店頭で発見した時は、「エッ? アブラヴァネルって、あのアブラヴァネルか?!」
と、まさに度肝を抜かれた。私の中では「アンダーソン名曲集」のコンビという
固定イメージと「マーラー」があまりにも乖離していて、とにかく戸惑ってしまったので
ある。しかし、実は彼らがマーラー演奏史において先駆的な役割を果たした偉大な
存在であるばかりか、チャイコフスキー、シベリウス、ブラームスの交響曲全集から
オネゲルやエドガー・ヴァレーズに至るまでの大量の録音を残している・・という
事実を知るに至って、私は自分の不勉強を恥じた。


それから長年経てたまたま入手した「ブロッホ作品集」の中に彼らの名前を
発見した時は、またも眼球飛び出す位に驚愕した。1977年にキャピトルに録音
されたもので、ブロッホの珍しい作品をこの名コンビで聴けるのは二重の喜び。
よくぞ発掘してくれた!という音源だが、現在は惜しい事に新品での入手は困難な
模様。彼らのキャピトル録音、他にも存在するのだろうか。


このコンビの演奏を色々聴いた印象は、彼らに初めて接したアンダーソンの演奏に
対して抱いたそれとほぼ共通している。マーラーも、いや、ヴァレーズさえも、どこか
野暮ったい。しかし、それが少しもイヤでは無い(宇野功芳さん風/笑)。
指揮者と楽団がお互いを信頼し、「俺たちのやりたい音楽はこれだ!」という確信を
持って演奏している感じがヒシヒシと伝わって来て、あまりにビジネスライクに
なってしまった昨今の音楽シーンからは失われてしまった「ぬくもり」を感じるので
ある。何事にも性急に「結果」が求められる現代では、ローカル・オケを長年手塩に
かけて世界の檜舞台へ・・・などと言うアブラヴァネル&ユタ響のような存在が
今後現れるとは考えづらい。残念ながら聴衆も音楽産業も、そんな余裕は失って
しまった。そんな今だからこそ、彼らの演奏は独特の存在感を放っているのかも
しれない。


これからも「猫丸」は隠れ名匠の救出に励みます!本年もよろしくお願いします。
★猫丸しりいず第272回
◎モーツァルト:歌劇「魔笛」
サー・ゲオルク・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
タルヴェラ、フィッシャー=ディースカウ、プライ、ドイテコム、バロウズ他
(国内ESOTERIC ESSG/D 90109~17 ※9枚組 SACDハイブリッド)
かなり昔、当「猫丸」で「フィガロの結婚」をとり上げた際、自分はモーツァルト
のオペラの中では「魔笛が断然好き」と宣言した事があった。


「魔笛」は様々な意味で凄い作品である。「フィガロ」や「ドン・ジョヴァンニ」や
「後宮からの逃走」等の作品には、他の作曲家による「同系列」のオペラがそこそこ
存在するが、「魔笛」はあまりに個性的で、「同系列」を他の人が作る事はほぼ
不可能。「モーツァルト専売」と呼びたい奇跡の名作だ。


私が「魔笛」に対して「凄い」と感ずるポイントが4つある。


第1は、これがモーツァルト死の年の作品である事。9月30日に初演され、その
わずか2か月強のちに彼は亡くなる。貧乏のどん底、体調の悪化(丁度あの「灰色の
服の男」の事件があった時期と「魔笛」の作曲の時期は重なっている)という厳しすぎる
環境下にも関わらず、筆の鈍りとかスランプとかを全く感じさせず、短期間でこんな
完璧な作品を(しかも他の作品と同時進行で)作ってしまう。まさに「異常なる天才」
モーツァルトの真骨頂。


第2は、ハチャメチャなストーリーの台本をこれだけ充実した作品に仕上げた事。
このオペラのストーリーの辻褄の合わなさはずっと謎とされ、「諸事情で途中で急遽
ストーリーを変えてしまったのでは」等々の色んな憶測を呼んでいる。しかし、「魔笛」
の音楽の素晴らしさは、筋書きの整合性の無さなどどうでもいいや、という心境に
至らせる。ちなみに片山杜秀さんが著書の中で「魔笛」という話は「勧善懲悪」では
無く「崩れた陰陽のバランスを均衡させる」物語なのだ、と述べておられたのが、
個人的には非常に印象に残っている。


第3は、恐ろしくシンプルなのに深遠という孤高の境地。
貴族相手のオペラでは無く、大衆がターゲットの歌芝居なのだからシンプルにする
必要もあったのだろう。しかし「魔笛」の凄い所はシンプルでありながら全く低俗に
陥らず、「深遠」とさえ言える境地に達している事。「私は鳥刺し」を筆頭に、まるで呼吸を
しているように自然でありながら、何度聴いても奥深さを失わないアリアの数々。
モーツァルト以外にこういう離れ業が出来る男がいるとは思われない。


第4は、脇役が面白すぎる事。
「魔笛」の登場人物は多いが、「出番」から言えばタミーノ、パパゲーノ、ザラストロの
3人の比率が非常に高く、その点ではあの「夜の女王」すら「チョイ役」である。
このオペラの良いところは、入れ代わり立ち代わり登場する脇役たちが皆いい味を
出していて、しかも要所を締める重要な役割を果たしている点。3人の侍女や
モノスタートスも面白いが、私が「魔笛」の中で最も好きな脇役は断然パパゲーナ
である。彼女の居ない「魔笛」など考えられない。このパパゲーナ、出番は少ないが
中々難役だ。「シンプルなのに深遠」の極致と言えるあの「パパパの二重唱」を
ピッタリ決めないと、エンディングが何とも締まらなくなってしまう。結構プレッシャー
のかかる役と思われる。それにしても、この「パパパの二重唱」、まさに奇跡の名曲
と言う他無い。


さて「魔笛」の数々の名盤の中で、私が最も親しんでいるのがショルティの1969年盤。
高校生の時に近所の友人宅にたまたまこのレコードがあり、それで初めてこの曲の
全貌を知った・・という個人的懐かしさもあるが、とにかくキャストが粒ぞろいで芸達者。
加えて指揮もオケも録音も素晴らしい。当時のDECCAの総力を注いだ名録音で、
これだけのメンバーを揃えて手間暇かけてオペラの全曲盤が作れたという、音楽ソフト
産業の古き良き黄金期を偲ばせる逸品。ちなみに今回ご紹介は2014年末に発売の
あのESOTERICの「5グレイトオペラズ」に収録のものだが、歌手たちの声がクッキリと
鮮やかで、オケの音色や雷鳴などの音響効果もよりグレードアップされている。
発売から日が経っているのでとっくに入手困難と思われている方もおられるだろうが、
実はまだ新品での入手が可能である。確かに安くは無い。選曲も一見一貫性が無い
(ように思える)。しかし、カップリングされたクーベリックの「魔弾の射手」、セラフィン
の「トロヴァトーレ」、カラヤンの「カヴァレリア」と「道化師」のいずれもが「魔笛」同様に
素晴らしく、この頃の歌手たちの層の厚さを実感させる。


是非ご一聴をおススメしたいこの名BOX、店頭在庫限りなのでお問い合わせはどうか
お早めに! 2015年もご愛顧ありがとうございました。来たる2016年もよろしくお願い
申し上げます!
★猫丸しりいず第271回
◎バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番・2つのヴァイオリンのための協奏曲
ギドン・クレーメル(VN/指揮) ウィーン交響楽団
タチアナ・グリンデンコ(VN)
(国内DENON COCO70963)
以前、当「猫丸」でエストニアの首都タリンの謎の「萌え系スシ・バー」をご紹介した事が
今回はエストニアの隣国ラトヴィアの首都リガの、これまた謎の「任侠系スシ・バー」の
お話から。


小じんまりしたリガの空港。搭乗ゲートを探しながら歩いていると、妙な看板が目に入った。
それはスシ・バーのものだったが、何と「YAKUZA」とあるではないか。しかもご丁寧に
看板の片隅にカタカナで「ヤクザ」と書いてある。あまりのネーミング・センスに思わず
吹き出しそうになってしまった。


↓その時激写
「YAKUZA」という名前であっても、タリンの「SUSHI CAT」と違って、別に店内に高倉健や
鶴田浩二や江波杏子の写真が飾ってあるわけでも、往年の東映や大映のヤクザ映画が
モニターで流れている訳でもない。店自体はごく「普通」のスシ・バーである。
恐らくはこの店の命名をしたラトヴィアの(多分)人にとっては、「ヤクザ」というコトバは
「サムライ」とかと同様の、「何となくニッポン的なカッコイイフレーズ」であったのだろうが、
それがニッポンの旅人を悶絶させる結果になってしまったとは、気付いていないであろう。
ラトヴィアでは目下日本料理が流行っているようなのだが、空港の数少ないレストランの
一つがスシ・バーとは・・・。寿司のグローバル化の勢いは凄いものがある。


閑話休題。


リガという街は、あのワーグナーが1837年から足掛け3年滞在して劇場の指揮者を勤めた
他、名演奏家も多く輩出している。マリス・ヤンソンス、アンドリス・ネルソンス、エリーナ・
ガランチャ、ミッシャ・マイスキー等々・・・。しかし、リガ生まれの音楽家の最大の大物と
言えば、それは疑いなくギドン・クレーメル(1947~)。音楽家の家庭に生まれ、20歳代前半
には「有名コンクール荒し」として名を馳せたこの天才奏者。私がクラシック聴き始めの
中高生の頃は、丁度彼がカラヤンやマゼール等の「西側」の名指揮者との新録音を
発表し、「凄い奴が出て来た」と評判が鰻上りになる時期と重なっている。
彼の名盤は山ほどあって、今回クレーメルの1枚を選定するにあたっても、コリン・デイヴィス
と共演したベルクの協奏曲とか、他にも色々候補が浮上した中、「ヤッパリこれは外せないな」
と思ったのがご紹介のバッハである。


1972年、彼の弱冠25歳での「西側初録音」。しかも「弾き振り」である。そして、何よりポイント
高いのは、旧ソ連を代表する「トンガリ系」名女流ヴァイオリニスト、グリンデンコの共演。
彼女は旧ソ連出身の奏者の中でも、「革新的」な活動が目立つ人で、クレーメルの最初の
奥さんでもある。シュニトケとか、ジャズやラグタイム、「イパネマの娘」までやってしまう才媛
との共演であるから、どんなに「尖鋭」な演奏かと思いきや、これが中々腰の座った「重厚」と
言っても良い表現になっているのが印象的。元々バッハの曲自体「技巧をひけらかす」という
色彩は皆無だが、この曲を西側デビューに選んだ事に、クレーメルの決意と自負をかえって
私は感じてしまう。


加えて、このジャケット写真の2人の「表情」や「雰囲気」の何とも言えない「重たさ」。
クレーメルは、自分を「西側への広告塔であり、国威発揚と外貨獲得のための道具」としか
見なさず、常に監視の檻の中に囲い込もうとしたソ連当局と闘い続け、結果、自由と名声を
獲得した人だが、このバッハを録音した当時の彼らを取り巻く、ソ連当局との軋轢やストレスが
このジャケ写にどんよりと漂っているのも、この1枚を忘れ難いものとしている。
今でも私は彼の事を「旧ソ連出身」というイメージで捉えがちであり、「ラトヴィア出身」という視点で
捉える事はほとんど無い。しかし、旧ソ連が崩壊して真っ先に独立し、今でもロシアの覇権主義
への反発と対抗心が強いラトヴィア出身の彼を、未だに「旧ソ連の人」というくくりで捉える事は
もはや適切では無いのかもしれない。


冒頭のスシ・バーの話題の通り、ラトヴィアを含むバルトの国々は、日本のカルチャーに大きな
関心と親近感を持ってくれているのだが、対して日本の人々はこれらの国々の事をあまりに
知らないように思える。是非これらの国々の激動の歴史と、その生み出した偉大な人々の事に
多くの方に関心を持って頂きたい・・・と私は思う。
★猫丸しりいず第270回
◎ソーゲ:組曲「パリの風景」
ミシェル・プラッソン指揮 トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団
コットゥネ(Sax)
(国内EMI TOCE11130 ※廃盤)

世界を震撼させた今年(2015年)11月13日のパリのテロ事件。


昔から幾多の旅人や芸術家たちを惹きつけてやまない大都市パリ。
フランスという国が過激武装組織の掃討に積極的な事もあり、繰り返しテロの標的に
なってしまった訳だが、その後のパリの人々の「不安」と「不屈」のせめぎ合いは
ニュースで見ていても、身につまされるものがあった。東京もかつて「地下鉄
サリン事件」という前代未聞の凶悪テロに見舞われた経験がある。1995年3月の
事件発生当時、私は茅場町に職場があったのだが、あの日都心を襲った大混乱
の情景と、その後数日間漂った何とも言えない不安感を未だ忘れる事は出来ない。


今回は、不屈の、そして魅力に溢れた街パリに当「猫丸」からエールを送るべく、
パリを題材にした作品を一丁。


パリにゆかりの音楽作品と言えば、モーツァルトの「交響曲第31番」をはじめ、様々存在
するのだが、今回とりあげるのはアンリ・ソーゲ(1901~1989)の無名の傑作。ソーゲは
ボルドーに生まれたが、パリで学び、パリに暮らし、パリを愛し、パリに没した作曲家。
ミヨーに気に入られてパリに招待され、ケクランに作曲を学び、サティとも親交を結んで
その強い影響を受けた作曲家。いわば「サティの子分」みたいなポジションの人である。
そしてこのソーゲ、大の「猫好き」であったらしい。実際、私も彼の作品を収録したCD
のジャケット写真で、嬉しそうに猫を抱いている彼の写真を目にした記憶がある。


彼はこんなコトバを遺したそうだ。「動物達がそばにいるだけで我々に優しさや美しさを
感じさせてくれるように、音楽も決して贅沢品や手の届かない理想等ではなく、もっと
生活そのものを表し、手軽に我々が抱き楽しむものである」。彼の作品を聴くと、まさに
彼がこういうスタンスで曲作りに臨んだ事が実感できる。
「パリの風景」は1950年の「パリ創立2000年」を記念した作品で、ソーゲは作曲にあたって
「パリの何処をネタにするか」を自ら歩いてセレクトしたのだそうだ。結果「オペラ座広場」
「凱旋門」「ホテルリッツ」「モンマルトル」等、観光客にもお馴染みのスポットも色々
含まれている。しかし、ソーゲの作品には「俺ァ華の都パリにやって来たぜ!」みたいな
「お上りさん的コーフン」は微塵も無く、如何にも「日常」というか「何気ない、いつものパリ」
という雰囲気が満ちているのが独特の心地良さを生み出している。冒頭のユッタリとした
優雅なメロディを聴くと、自然に「セーヌ河の流れとエッフェル塔」みたいな、まさしく
「パリの風景」が脳裏に浮かぶ方は多いのではないだろうか。」


このプラッソン盤にカップリングされているバレエ「旅芸人」や、マルコポーロ・レーベルから
出ている4曲の交響曲にも感じられるが、ソーゲは他の作曲家(例えばロマン派の人々)
だったらもっと壮大に起伏をつけて盛り上げるだろう・・・という素材でも、比較的淡々
と音楽を進める。そこには独特の「盆栽」みたいな魅力が生じている。引用したコトバの
ように「大袈裟」を嫌った彼の美学が滲み出ているように思える。


パリを愛する人にも、まだ行った事の無い人にも、是非ご一聴頂きたい粋な名品「パリの風景」。
しかし、残念ながらこのプラッソン盤は現在廃盤。私の知る限り、これ以外の録音も無い
様子で、こんな名作なのに信じられない冷遇ぶりである。NAXOSやシャンドスあたりから
優秀な新録音が登場する事を熱望したい。


最後にパリの街、パリの皆さんにもう一度エールを送りたい。そして、多様多彩な文化を
上手く取り入れ共存させて来たパリという街の良さを、これからも失わないでもらいたいのだ。
★猫丸しりいず第269回
◎ゴトヴァッツ:交響的コロ舞曲、バルカンの歌と踊り
 タイチェヴィチ:7つのバルカン舞曲
モーシェ・アツモン指揮 ハノーヴァー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団
(独CPO 999724-2)


◎レハール:喜歌劇「メリー・ウィドウ」
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 シュワルツコップ(S)他
(海外EMI 67367)
「ユーゴスラビア」という国を知っているか、否か。
これでその人の「世代」が何となくわかる(ような気がする)。


かつては東欧諸国の中で独自の存在感を放っていたこの連邦国家が、チトーという
まさにカリスマ的な指導者の死後に綻びを生じて崩壊し、連邦を形成していた国々
の独立を巡って血みどろの悲惨な戦いがこの地域に溢れた。それから早20年。
まだ紛争、対立の火種は残っているものの、ようやくこの地域も平穏な状態に
落ち着いた感がある。


旧ユーゴスラビアを形成していた国の中で、今日日本人に一番馴染みのあるのは
恐らくクロアチアであろう。美しい旧市街が人気のドブロヴニクをはじめ、観光地と
してもすっかりお馴染みになったし、サッカーの強豪としても親しまれている。
余談だがビールも美味い(笑)。
そしてクラシック音楽ファンには、巨匠ロヴロ・フォン・マタチッチ(1899~1985)の
出身国として知られる。NHK響への度重なる客演で、日本で最も親しまれたマエストロ
であったマタチッチが、そのN響でとりあげた事で私が知ったクロアチアの作曲家が
ヤコブ・ゴトヴァッツ(1895~1982)。マタチッチと同世代のこの作曲家に関する情報は
ご紹介のCPO盤のライナーノーツ位しか無いのだが、それによればアドリア海の
港湾都市で、今日ドブロヴニクと並ぶクロアチアの観光地として人気の高いスプリット
の出身。ウィーンでヨーゼフ・マルクスに師事し、その後はザグレブの歌劇場の指揮者
としても活躍した人との事。「20世紀音楽」としては彼の作品は極めて保守的で、
とても聴きやすい。


「コロ舞曲」はセルビア、クロアチアの代表的な舞曲で、明るくエネルギッシュな輪舞。
ドヴォルザークの「スラヴ舞曲第15番」も「コロ」である。ゴトヴァッツの「コロ舞曲」は
曲頭から沸き立つような勢いと楽しさに溢れ、アンコール・ピースとして重宝されて
いるのもうなづける。「バルカンの歌と踊り」やマルコ・タイチェヴィチ(1900~1984)の
「7つのバルカン舞曲」には、バルカンの国々の作品に良く見られる「東方的」な香りが
漂い、面白く聴ける。このCPO盤、都響や名古屋フィルの指揮者として日本でも
馴染み深いアツモンが指揮しているのも嬉しいポイント。


ユーゴスラビアにゆかりのある名曲と言えば、「メリー・ウィドウ」も外せない。
この曲の中にも「コロ」が出て来るし、作中の架空の国「ポンテペドロ」は明らかに
旧ユーゴの国「モンテネグロ」のパロディである。この曲の名盤をマタチッチが遺した
のには必然を感ずる(1962年録音)。マタチッチと言えば、ミラノ・スカラ座管との
チャイコフスキーの「イタリア奇想曲」や「エフゲニー・オネーギンのポロネーズ」の
ような、驚くほどに豪快で恰幅の良い演奏が印象的であるのだが、そんな彼の
持ち味と「メリー・ウィドウ」は中々相性が良い。
ただ、マタチッチと(社会主義国家としての)ユーゴスラビアという国の関係には
やや「微妙」な部分もあったようだ。彼は第2次大戦の戦中、戦後を通して「反チトー」
の立場を貫いたため、一時は投獄され、危うく死刑になるところだったらしい。


クラシック・ファンの間に大興奮を巻き起こしたあの1984年の最後の来日の翌年、
マタチッチは逝き、そしてそれから10年経たないうちにユーゴスラビアという国は
崩壊・消滅してしまう。それからの戦火と混乱、そして風光明媚な観光地として
多くの人を惹きつけている今日のクロアチアの姿をもし見る事が出来たら、マタチッチは
一体どんな感想を漏らすのだろうか。
★猫丸しりいず第268回


◎ゴルトマルク:交響曲第1番「田舎の婚礼」
ヘスス・ロペス=コボス指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団
(豪DECCA ELOQUENCE 4768743)
これまでに何度も経験した「結婚披露宴」。
その中で忘れられない「宴」がある。ただ、それは私が正式に「招かれた」ものでは
無いのだが。


場所は上海。その日私は上海から2晩かけて内陸の都市ウルムチに向かう寝台
特急列車「T52次」に乗る事になっていた(余談ながらこの列車、鉄道、中でも
夜行列車、寝台列車がお好きな同志には是非一生に一度は乗って頂きたい名列車
である)。列車に乗る前に腹ごしらえ・・と立ち寄ったレストラン。


用意された席に座ると、隣りの区画が妙に賑やかである。何だ?と様子を見ると、
どうも結婚披露宴らしい。上海のガイドさんに「ウルサイでしょ?席替わりますか?」と
言われたが、「イヤ、こんな機会滅多に無いので是非見学させてもらいます」と答えた。
面白かったのは、上海という大都会の真ん中でありながら、「プログラム通りに粛々と
進む都会の披露宴」みたいな雰囲気が皆無だった事。「カオス」とか「乱入」というコトバ
がピッタリフィットの盛り上がりは見ていて中々楽しかった。


が、ここで事件発生。トイレの場所を尋ねると、何と隣の宴席の中を突っ切っていかねば
ならない位置にある事が判明。悪い予感(笑)通り、用を足して自席に戻る途中で、赤ら顔
の陽気なおぢさんにいきなり腕をつかまれた。話しかけてくるが、当然何を言っているのか
わからないので「日本から来た」と言うと、おぢさん突然「オ~! チョンリーユウホウ!
(中日友好)」と叫び、乾杯を求めて来る。後へ引けなくなった私は1杯お付き合いする
羽目に。ところが杯に注がれたのは中国の宴につきものの「白酒(パイチュウ)」という
50度近い強~い酒。しかも中国の乾杯は「飲み干す」事が基本。やっとの思いで一 杯
飲むと、大喜びのおぢさんは更に勧めてくる。ピンチ!と思ったところでガイドさんが
苦笑しながら間に入って私を「救出」。ガイドさんの助けが無ければ、危うく列車に乗る前
に意識を失っているところであった。あれから早7年。あの時の陽気なおぢさん、お元気
ですか?


そして、聴く度にこの上海の珍事件を思い出させる素晴らしい名作が「田舎の婚礼」。
ハンガリー出身でウィーンで活躍した作曲家、カール・ゴルトマルク(1830~1915)の
作品。ブラームスと同年代のこの人、他に「ヴァイオリン協奏曲第1番」なども細々と
知られているが、実に地味な存在。ワーグナーに強い影響を受けたが、ブラームスとも
親交があった・・という人で、「縛られたプロメテウス」等、この対照的な2人の作曲家の
「中間ライン」を行っていると言える作品もあるが、1875年に作曲された「田舎の婚礼」
は、この2人よりもむしろドヴォルザークあたりを思わせる、素朴な楽しさ、美しさに溢れた
曲である。5つの部分から成り、「交響曲」という堅苦しい呼び名よりもむしろ「組曲」と
呼ぶのが相応しいようにも思う。


この曲、何度聴いても独特のユルイ心地良さにハマってしまう。幸せそうな新郎新婦を
囲んで、村の陽気で善良な老若男女たちが満面の笑みをたたえて、飲んだり食べたり、
歌ったり踊ったり・・・という情景が眼前で繰り広げられているのを見ているような気分に
なる。イヤ、それだけではなくて、いつの間にやら聴いている自分自身も宴の中に
加わり、一緒に飲んだり踊ったりしているような、不思議な感触にとらわれてしまう。
「傍観者」だったつもりが妙な展開から宴の渦の中に巻き込まれてしまった、あの
上海の夜の出来事がこの曲を聴く度に脳裏に甦るのだ。特に抒情的な旋律美に満ちた
第4曲「庭園にて」から、明るく華やかな終曲「舞踏」にかけての素晴らしさは特筆もの。


日本ではまるで無名の「田舎の婚礼」だが、意外な程に録音は多く、バーンスタイン、
プレヴィン、アブラヴァネルといった大物も録音しているが、今回はスペインの名匠
ロペス=コボスがロス・フィルを振った快演をご紹介。1980年の録音で、このコンビが
同時期に録音した「三角帽子」同様、明快な指揮とロス・フィルのいかにも「西海岸」な
カラッとした爽快なサウンドが誠に心地良い。カップリングがカルステン・アンデルセン
指揮のグリーグの交響曲というのもシブい。ただ、現状新品での入手は困難な模様。
見つけたら即ゲットを!
★猫丸しりいず第267回
◎マイアベーア:「預言者」~戴冠式行進曲
 ガーデ:ジェラシー
 ボロディン:「イーゴリ公」序曲
 イベール:寄港地  他
ルネ・レイボヴィッツ指揮 パリ・コンセール・サンフォニーク協会管弦楽団
                 ローマ・フィルハーモニー管弦楽団
                 RCAイタリア交響楽団 他
(SCRIBENDUM SC510 ※13枚組「レイボヴィッツの芸術」)
前回に続き、謎の巨匠レイボヴィッツ。


これまで250回以上続けてきた当「猫丸」において、同じアイテムに関して2回を
割く、というのは実はこのBOXが初めてである。それほどまでに、この13枚組が
私に与えたインパクトの大きさは近年比類の無いものであった。


このBOXに含まれた音源の中で、旧知の名盤のムソルグスキーやベートーヴェン
を更に上回る感銘を受けた音源がある。それは多数の「小曲」たち。
レイボヴィッツが「リーダーズダイジェスト」通販レコードのために、これほど多くの
小曲、それも「通俗名曲」と軽くあしらわれがちな作品を多々録音していたとは
恥ずかしながら知らなかった。しかも中には彼自らアレンジした「グリーンスリー
ヴス」や「ロンドンデリーの歌」とか、およそ「十二音音楽の使徒」というコワモテの
イメージからは対極とも思える曲目も少なからず含まれているのである。


これらの小品の録音にレイボヴィッツが携わる事になった経緯は不明である。
彼自身の提案か、はたまた一種の「頼まれ仕事」だったのか。でも、そんな事は
聴き始めればどうでも良くなる。彼がこれら「小品」への取り組む姿勢の何と
「真剣」で「真摯」な事だろうか。例えば、ガーデの「ジェラシー」。北欧の生んだ
タンゴの名曲として知られるこの曲を、ここまで体を張って強靭に表現した演奏に
私はこれまで接した事は無かった。思えば、巨匠と呼ばれるにふさわしい演奏家は
「小品」にも決して手を抜かない。カラヤン然り、クナッパーツブッシュ然りである。
クナッパーツブッシュの小曲集に対して、昔宇野功芳さんが「命を懸けた遊び」という
大名言を捧げていたが、このレイボヴィッツの小品の演奏を聴いて、私は思わず
この賛辞を思い出した。


演奏しているオケは聴きなれない怪しげな団体が多く、演奏自体は玉石混交と
言えなくもないが、とにかく演奏に対する彼の真剣な姿勢はまさに一貫している。
しかも、怪しいながらもオケも中々いい味出してる団体が多い。中でも「パリ・
コンセール・サンフォニーク協会管」。このオケ、正体はパリ音楽院管という説が
有力なようだ。当時は演奏者とレコード会社の専属契約が非常に厳しく、契約外の
レーベルへの録音に当たっては「本名」を名乗れない、というケースが色々あった。
このオケ、古き良き「おフランス」の楽団の香りが横溢していて素晴らしい。
「魔法使いの弟子」「ボレロ」といったフランス名曲はもちろん、「イーゴリ公序曲」の
ホルン・ソロの思わず「うわぁ」とのけぞりそうな激ヴィブラートなど、今では聴けない
味わいである。「牧神の午後への前奏曲」がこのオケで無くロンドンの楽団の演奏
なのが非常に惜しい。「戴冠式行進曲」やシャブリエの「スペイン」「楽しい行進曲」、
イベールの「寄港地」等を担当しているイタリアのオケ(ステレオ初期のRCA盤で
よく見かける名前だが、RCAがイタリアで録音する際のスタジオ・オケだろうか)の
カラッと吹っ切れた演奏ぶりも清々しい。


ともあれ、これらの小品の大名演に接して、レイボヴィッツという男が真の巨匠
であるという確信を得た事は、私にとっては大収穫だった。「リーダーズ・ダイジェスト」
への一連の録音は彼の40歳代後半の仕事だが、それから約10年後、彼は還暦にも
届かない若さで亡くなってしまう。同世代の指揮者たちに長寿を全うし、デジタル録音
時代まで活躍を続けた人が多い事を思うと、本当に残念としか言いようが無い。
と同時に、もしも「リーダイ」誌用の録音が無かったら、彼の偉大さは全く知られずに
終わってしまったかもしれないと思うと、改めてこの雑誌には大感謝である。


どんな仕事にも手抜きなし全力投球という、仕事人の鑑と呼びたいその姿勢。
レイボヴィッツ! 最高です!!
★猫丸しりいず第266回


◎シューマン:交響曲第3番「ライン」・マンフレッド序曲
 リスト:メフィスト・ワルツ第1番 他
ルネ・レイボヴィッツ指揮 インターナショナル交響楽団 他
(SCRIBENDUM SC510 ※13枚組「レイボヴィッツの芸術」)
とてつもない巨匠。
なのに、謎の男。ルネ・レイボヴィッツ(1913~1972)。


いわゆるメジャーレーベルへの録音がほとんど無いにもかかわらず、
没後40年以上経った今でも彼の卓越した演奏を賞味出来るのは、
ある意味奇蹟的ですらある。この点において、私はある雑誌に感謝
せずには居られない。
その雑誌の名は「リーダーズ・ダイジェスト」。と言っても、今30代以下の
若い方々は恐らくこの雑誌の事をご存じないだろうとは思うが、私が
生まれてから小学生位の1960~1970年代にかけて全盛を誇った、
アメリカ発祥の教養雑誌である。


様々な言語で出版され、近年でも東欧、東南アジア、中国等で拡大を
続けているこの雑誌、終戦直後の1946年に日本版が誕生したが、
惜しくも1986年には休刊に追い込まれてしまったらしい。私が小中学生
の頃のこの雑誌の一般家庭への普及度は中々高く、友人宅に遊びに
いくと結構目にしたものである。そして、中学生の時にクラシック好きの
友人宅の居間に転がっているのを発見したのが、この「リーダーズ・
ダイジェスト」のロゴが入った謎の「ベートーヴェン九大交響曲集」の
レコード。


水色の箱にベートーヴェンの肖像がデッカク描かれたそのレコード。
「九大交響曲って・・ 9曲で全曲じゃないか」と思わず突っ込みたくなったが、
何はともあれ誰が指揮しているのかが気になった。見てみると
「レイボヴィッツ? 誰だそりゃ」。まだカラヤン、ベーム、オーマンディと
いった大メジャー指揮者しか知らなかった当時のウブ(笑)な私には、
全く初耳だった。まあ私も最初からシェルヘンとかロスバウトとかに
コーフンしていた訳では無く、その後の様々な偶然による出会い(この
レイボヴィッツもまさにそうだが)が今日の不肖猫丸を形成してしまった
のである。私は最早手遅れだが、良い子は絶対マネをしないように。


「リーダーズ・ダイジェスト」は会員頒布用に通信販売のレコードを色々
手掛けていた事を後で知ったが、このベートーヴェンもその一つだったのだ。
この手の「通販用」ソフトは、通常既存のメジャーレーベルの音源の
ライセンス使用がほとんどだが、この雑誌は果敢にも自前で制作を行なって
いたのである。ともあれ、レコードの発見時に友人に「お前、これ聴いた事
あるか」と訊くと「無い」と言う。長期に亘って居間の片隅に「放置プレイ」
されていたものだったらしい。「リーダーズ・ダイジェスト印」のレコードは
決して少なくない量が流通したようだが、恐らくは同様に放置されていた
代物が多かっ たと想像される。


どんなヘッポコ盤かと聴いてみると驚き! 音質も演奏も実に良い。
「カッコイイ演奏だなあ」という第一印象は未だに鮮明である。
しかし、このレイボヴィッツという謎の男の正体を知ったのは、その出会いから
随分後の事だった。彼の「本業」はシェーンベルク&ウェーベルン門下の
作曲家で、ワルシャワに生まれ(ラトヴィアのリガ生まれという文献に接した
事もあるが真偽不明)、作曲の他教育、評論、演奏等々を通じ、十二音技法
の紹介に尽力した人。一方、「リーダーズ・ダイジェスト」はレコードを出すに
当たり、中途半端な事はやらじ、と制作を米RCAに委託。当時RCAは
DECCAと提携していたので、ヨーロッパでの録音は実態的にはDECCAが
行ない、RCAのゲルハルトやDECCAのウィルキンソン等の凄いメンバーが
制作に関わり(音質が良くて当然であ る)、ゲルハルトとの「人脈」の中で
レイボヴィッツが指揮者として起用される事となったようだ。そして、この
ベートーヴェンを筆頭に、色々な録音が遺される事と相成った。


最近この一連のレイボヴィッツの「リーダイ」誌レコード向けの録音を集成
したBOXがSCRIBENDUMから登場。爆笑の大問題作「禿山の一夜」に
始まり、上述の「ベートーヴェン九大交響曲」でシメる、という充実の内容で
今回(私は)初めて接した音源も多い。「初顔合わせ」の音源の中で妙に
印象に残ったのが「ライン」。「インターナショナル交響楽団」という「西船橋の
国際パブ」級に怪しさ炸裂の謎の楽団の演奏だが、日頃親しんでいる
サヴァリッシュやクーベリック等のふっくらした響きの演奏に比べ、あたかも
「X線写真」のような一種異様な鮮明さ。有名な「禿山」の冒頭もそんな感じ
だが、1960年代初頭という録音年代を考えると中々「未来的」な感すらあって
興味深い。しかし、この「ライン」を更に上回る衝撃?を受けた音源が他にも
色々・・。それは次回のお楽しみ・・・。
★猫丸しりいず第265回


◎オネゲル:劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」
セルジュ・ボド指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 他
(国内スプラフォン COCO70994~5 2枚組)
1950~1970年代にかけてのチェコ・フィルが非常に好きである。


演奏の素晴らしさはもちろんだが、この時代の録音に登場する多彩な
指揮者たちと、意外なほどに幅広いレパートリーに惹かれるのだ。
同時代の他の東欧諸国のオケに、主に自国(或いは「東側」)の指揮者を
起用して、自国のレパートリーを中心とした音源が多いのに比べ、その
多彩さは際立っている。これが楽団やスプラフォンというレーベルの
ポリシーだったのか、チェコスロヴァキア(当時)という国のポリシーだった
のかはわからないが。


ただ、残念な事にそれらの多彩な音源は、今日入手が容易なものと困難
なものの両極端に分かれてしまっている。そんな中で「売れ筋」からは
距離を置いていると思えるにも関わらず、意外な程に健闘しているのが
フランスの名匠セルジュ・ボド(1927~)によるオネゲル作品の録音。
1960年代前半の「交響曲全集」から、1985年の「ダビデ王」に至るまで、
長期に亘って良好な関係を保ち、名演を残したこのコンビだが、中でも
「金字塔」と言える大名盤が「火刑台上のジャンヌ・ダルク」である。


20世紀に生まれた大規模な声楽作品の中でも屈指の傑作ながら、
中々上演、録音の機会に恵まれないこの作品。1935年に完成された後、
第2次大戦の最中の1940年前後にかけて、ザッヒャー、フレスティエ、
ミュンシュ等の巨匠たちによって次々ととり上げられた。ボドは、この曲の
フランス初演を指揮した巨匠ルイ・フレスティエの弟子だそうだが、彼が
1974年にプラハで録音した「ジャンヌ」は「これぞ決定盤!」という輝きを
今も全く失っていない。語りや声楽陣の充実ぶりもさる事ながら、チェコ・
フィルの一種「色っぽい」響きが実に魅力的なのである。


75分に亘る全曲を通して、オケが作品への凄い共感ぶりを見せる。
大詰めの「炎の中のジャンヌ・ダルク」の場面における演奏者がまさに
一丸となっての鬼気迫るド迫力! そして随所に現れる管楽器の何とも
魅力的な響き! 「この曲はこの1枚あれば充分」と思わせるほどの名盤
がチェコ・フィルの演奏から生み出された事には、このオケの底力を改めて
痛感させられる。それにしても、セルジュ・ボドという指揮者、実力の割に
ずっと地味な存在なのが何とも惜しい。今回ご紹介の盤は、「ジャンヌ」に
加え、前述の「ダビデ王」がカップリングされての2枚組となっているが、
この「ダビデ王」も大名演! 価格も手頃で、まさにおススメの逸品である。


この時期のチェコ・フィルの埋もれた名演は少なくなく、また残念ながら
今後商品化される事がほとんど期待出来ないものが多い。思いつくものを
挙げると、カルロ・ゼッキの「幻想交響曲」、オスカル・ダノンの「シェエラザード」
、ハンス・スワロフスキーの「ペレアスとメリザンド」(シェーンベルク)、
アントニオ・デ・アルメイダの「ラ・ぺリ」(デュカス)等々・・・。チェコ・フィルの
個性と独自の味わいに満ちた「裏名盤」たちが再度表舞台に立つ日は
もう来ないのか?・・・。
★猫丸しりいず第264回


◎ラヴェル:ツィガーヌ
アンネ=ゾフィー・ムター(Vn)
ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(DG 4375442) 
大きな声では言えないが(いや、言ってもよいのだが)「駅乃みちか」が結構好きである。
「みちか」とは一体何者?。


私と同じく東京メトロ(東京地下鉄)を通勤・通学に利用している方には、彼女の事を
ご存じの方もいらっしゃるかも知れない。彼女は東京メトロのポスター等に登場する、
昭和30年代のマンガのようなレトロ(笑)な姿をしたキャラクター。ちなみに設定は
東京メトロのサービスマネージャーで、年齢は「永遠の23歳」らしい。その「ユルすぎ」て
「天然ボケ」っぽいコンセプトがツボにハマってしまい、私は「みちかウォッチャー」と
なっている。


彼女はヴァイオリンを弾くのが趣味らしく、今月(2015年10月)駅に掲示されている
ポスターにはヴァイオリンを弾く姿が描かれているのだが、そのポスターの片隅にこんな
フレーズが・・・。


『最近の悩みはツィゴイネルワイゼンの左手ピッツィカートで心が折れそうになる』。


思わず吹き出しそうになってしまった。駅を行き交う不特定多数の人々の中で、この
みちか嬢の「悩み」を理解出来る人が一体どの位いると言うのか(笑)。東京メトロさん、
やってくれます。それにしても、鉄道員でありながら「左手ピッツィカート」に悩む
駅乃みちか。やはり只の「オオボケ娘」では無い。私は当面みちかの動向から目が
離せそうにない。


さて、みちか嬢を悩ます「左手ピッツィカート」。ヴァイオリンを弾けない私があれこれ
論評出来る立場に無いが、左手で楽器を持ち、右手に弓を持って弾くという演奏方法
を前提とすればピツィカートにわざわざ左手を用いるのは全く合理性が感じられない。
この技法を初めて導入したのはあのパガニーニだそうだが、演奏上の必然性というより
一種の「曲芸」というか、「ホレ!こんな事も出来るんだぜ!」という自分の技巧の
デモンストレーション用として生み出した技・・という印象が私にはある。これは単なる
私の偏見なのかも知れないが、ヴァイオリンを弾く皆様、実際のところどうなんでしょう?


「左手ピッツィカート」が登場する作品は非常に限られているのだが、その貴重な曲の
一つが「ツィガーヌ」。どの作品にもオタク的なこだわりが感じられるラヴェルだが、
この曲の作曲に当たっても彼はパガニーニを徹底的に研究し、各種超絶技巧を
ふんだんに盛り込んだ。例によってバックのオーケストラも実に凝りまくっており、
ヴァイオリニストにはもちろん、オケにとっても中々の難物と言える。


今回ご紹介のムター盤だが、いわゆる「ヴァイオリン名曲集」としてはムターの表現が
全体的に濃すぎて、特にこの「ツィガーヌ」とか「ツィゴイネルワイゼン」とかの「ジプシー
系」の楽曲に関しては、「もっと素材自体の味を生かした薄味でもいいんじゃないの」と
私には感じられる。ただ、ユニークな面白さを
持っているのも事実。また、レヴァイン&ウィーン・フィルという「伴奏」にはもったいない
ギャラの高そうな(笑)コンビの演奏ぶりも中々オモシロイ。特に「ツィガーヌ」に関しては
オーケストラに「慣れてません」という雰囲気が横溢しているのが微笑ましい。
個々の奏者のレヴェルは素晴らしいのだが、音楽運びが何だか固く、ギクシャクしていて
「無理矢理ネクタイしめてます」的な珍妙さが漂うのである。これに対し「凄い」と唸らせる
のがパールマンのバックを務めたマルティノン&パリ管。緻密にかかれた楽曲を奔放に
やってのける。「緻密と奔放」という矛盾した要素を見事なバランスで両立させているのは
アッパレ。バレンボイム時代以降のパリ管からこういう「放し飼い的奔放さ」が消え去って
しまったのは誠に残念。ちなみにこのムター盤、「ツィガーヌ」の後にサラサーテの
「カルメン幻想曲」が入っているのだが、この曲になった途端にウィーン・フィルがまさに
「待ってました!」と言わんばかりの活気と表情に溢れた演奏に変わるのには大爆笑。
さすがオペラが「本業」の集団であります。


ところでみちかさん。お悩みはその後解決しましたか? 次は半年後くらいに是非
バルトークの「ヴァイオリン協奏曲第2番」あたりで悩んで下さい。隠れみちかファンの
一人として期待しております・・・・・